雨の降る夜、西宮北口で家内をピックアップし帰宅した。
家に着くなり家内が即興でパスタを作ってくれた。
息子らは不在。
やわらかな雨音がリビングにひっそりとしのびこんでくる。
自然と会話のトーンはしみじみとしたものになった。
なんとかここまでやってきた。
結婚当初のことを思えば「いまここ」が嘘みたいな話に思える。
すべてが他力。
ぜんぶ向こうからやってきた。
そう実感するから、運良く周りに助けられたというのが真相である。
だから夢から覚めて、「嘘」だったと言われれば、「ああやっぱりね」となることだろう。
もしこれが本当のことだとしたら、結婚当初とは天と地である。
当時のことが、遠い昔に旅した異郷の思い出のように感じられ、振り返って懐かしさで互いの顔に笑みがこぼれた。
暮らし向きはたいへんだったが、その日々がまるごと不幸の渦のなかにあった訳ではない。
食うに困る訳ではなく、それはそれで楽しくもあった。
そもそもわたしは下町の生まれであり、過ごした中高では友だち皆が優秀で大学でも同様。
自身の立ち位置を明瞭にわきまえているから、彼我の差で心が引き裂かれ苛まれるということがない。
家内にしても、現実を受け止めるしかないと腹を括っていたからだろう、小さな子を二人抱えて何とか日々をしのぎ小さな幸せを喜んで、ほとんどは味気のない日常と地味に地道に向き合った。
しかし、そんなささやかな平穏に影を落とす存在が一人あった。
その頃、マウントという言葉は日常用語ではなかったが、サルが力関係を示さんとばかりに家内を標的に当てこすってくるのだからまさに文字通りのマウントだった。
サル仕様の行為であるから相手は無意識であったのかもしれない。
が、その分始末が悪く、露骨で執拗だった。
暗黙のうちに為される主張内容は単純なものだった。
あなたより私が上。
私の方がいい結婚をしていい家庭に恵まれて私の方が幸せ、というものだった。
いくら平穏であっても、上から被さってこられれば心に障る。
家内が嫌な思いをすればもちろん、わたしも嫌な思いになった。
暮らし向きの問題はわたしの責任であるから当然そうなって然るべきだった。
今では昔の話である。
が、そのときの心情を思い出すと、雨の日に古傷が痛むみたいに嫌な気持ちがぶり返す。
やはり、人は人であるのだから相応のデリカシーを備えるべきと言えるだろう。
はしたない行為はよくよく注意し慎んだ方がいい。
人生は長くて重く、ほんとうに大変で誰だって同じ。
だから、つまらないことで人を上下に見るなど人間観として間違っていて、それを明示しようとするなどもってのほかと言う話だろう。
わたしたちは下の側の当事者となって過去からそう学んだ。
学んだことはひとつ残らず息子たちにも伝えようと思う。