パスポートの切替に戸籍謄本が必要だというので、朝、市役所の支所に立ち寄らねばならなかった。
歩くには遠く、クルマだと大げさすぎる。
わたしは自転車にまたがった。
気温がぐんぐん上昇し盛夏へと向かい始める秋の朝、自転車で街を駆け風を切って気づいた。
この匂いは熱帯雨林地帯のものと何ら変わらない。
ああ、懐かしい。
マレーシアを旅した朝の記憶が次々と脳裏を巡って、地元の街にありながら同時にわたしは旅先に身を置いているも同然だった。
月曜の朝という日常の出だしも出だし、カラダは日常からほど遠い熱帯トロピカルモードに切り替わっていた。
キラキラとまばゆいエメラルドグリーンの海を眼前に、さあ飛び込もうといった態勢で役所の窓口で戸籍を受け取り、その後引き続き、バカンスの解放感に気持ちよくひたって汗ばんで外回りの仕事をこなした。
そのようにちょっとした旅を満喫し、仕事を終えた夕刻、家内とともにジムへと向かった。
いつにも増して水がカラダによく馴染み、泳ぐことが幸福で、快調であったから筋トレにも力が入り、結局この日もいつものとおり、全身なみなみと心地よさに満たされた。
帰り道、家内が声をあげた。
左折した瞬間、眼前に大きな月が姿を現したのだった。
家内が写真を撮り、家に帰っても夫婦そろって月の軌跡を目で追った。
わたしはノンアルだったが、家内はワインを飲んで月見を楽しみ、そして言った。
こんな五十代がずっと続けばいいのに。
いまの調子でカラダを鍛えていけば、八十になっても五十代のままだろう。
このさき三十年、ずっと元気なまま花鳥風月を愛で楽しむ人生になるに違いない。
月を眺め今後訪れることになるであろう各地旅先に思いを馳せて、ああ、わたしたちは第二の人生のスタートラインに着いたのだとそんな実感が胸に溢れた。