週末に温泉宿を予約してあった。
振る舞われるカニが素晴らしい。
そう聞いていたから、カニとのお目見えを待ち望んで過ごす一週間となった。
指折り数えようやくその日がやってきた。
土曜の朝9時にクルマで家を出て、午前11時に宮津に着いた。
夕飯の前哨戦として選んだのは富田屋だった。
開店と同時に店に滑り込み、なんとか一巡目で席にありつけた。
魚介に徹し、刺身、煮物、焼物、天ぷら、フライなどすべてのバリエーションを堪能した。
たいへん美味しく、これだけでも足を運んだ甲斐があったというものであった。
食後、天橋立を散策してから更に一時間ほどクルマで走り、午後4時に京丹後の夕日ヶ浦温泉に到着した。
静か落ち着いた雰囲気の温泉地で、海と緑がブレンドされたような町の匂いに心が芯から安らいだ。
家内は温泉へと直行し、わたしはそこらを走り回った。
夕日ヶ浦との地名のとおり、どこからどう眺めてみても夕陽が美しく、週末の旅先にここを選んでほんとうによかったと心から思った。
走り終えた後の温泉は格別だった。
いったい何度、安らぎの吐息を漏らしたことだろう。
午後6時、いよいよそのときがやってきた。
部屋とは別の個室にカニが用意されていて、その量たるや壮観だった。
家内と向き合い、カニ料理の一品一品と対峙した。
その昔、うちの親父が若きわたしに言ったことがあった。
デートするならカニがいい。
なぜなら、じっくり会話ができるから。
夫婦でいろいろ旅してきたが、今回の旅が思い出の最上位に来るのでは。
そう思えた。
たっぷり時間をかけてカニを味わい、会話は尽きず、地味な温泉地の一隅が輝きをもって二人の心に焼き付いた。