走って泳いで筋トレし、さあ夕飯だと意気込んだ。
ジムを後にし、いつものとおり西宮北口の大松に足を向けた。
夕暮れどき繁華街に光がともりはじめ、わたしの気持ちは賑わいの度を増していった。
まもなく大松。
気持ちがはやった。
入り口で手を消毒し、しかし中に入ろうとして制された。
今日は予約でいっぱいなのだと言う店員の口調が冷たくつれない。
いつもガラ空きの大衆ホルモンの店である。
実際、幾人か学生グループの姿はあるが、あちこちに空席も見える。
これが予約でいっぱいになるなどにわかに信じられず、わたしはジャージ姿のままその場でずっと中を覗き込んでいたのであったが、再度ダメ押しのように「いっぱいなんです」と同じことをすげなく告げられた。
わたしの意気込みはここに及んで粉砕された。
店の前から引き返すわたしは、まるで不器量な女子に振られたような、なんとも情けないような気持ちによってかき乱れた。
これまで足繁く通ってきた。
気が進まないと嫌がる女房まで連れてきた。
それなのに。
情け容赦もなく追い返された。
もう二度と。
もう二度とこの店に来ることはない。
そう決めた。
過去を断ち切り、わたしは前途へと思いを向けた。
焼肉屋など星の数ほどもある。
たしかあのあたりに、と思い浮かんだ場所へとわたしは急いだ。
店に入るととてもあたたかい言葉をかけられた。
ようこそ、いらっしゃい。
わたしは歓迎されたようであった。
店は混み合っていたが、幸いカウンター席に空きがあった。
席に案内され、ベンチコートを預けると丁寧に匂いよけのビニールに包んで掛けてくれた。
わたしは大事にされる喜びをしみじみと感じた。
出される肉はどれも美しく、おいしかった。
厚切り塩タンを食べ、つい声が漏れた。
上ハラミがやわらかくそのほのかな甘味にとろけ、新鮮レバーはそのままでも頬張ることができ滋味に富み、ウルテの食感とのどごしは焼肉の喜びを直にこのカラダに刻み込んだ。
わたしは思った。
たまには振られてみるものである。
それで否応なく素晴らしい未来が拓けるのであるから、振られることで世界が広がると言ってもいいだろう。
新しい店との出合いを喜びつつ、夜道を帰り、今度女房も連れてこようと思って、ひとり旅先にある家内にあてて写メを送った。
眼前には木星と金星が並んで輝き、その光がやたらと鮮明に感じられた。