温泉宿であるから朝も湯につかった。
風呂をあがって朝食はビュッフェ。
所狭しと並べられた地元食材のうち幾つかを選んで朝食を済ませ、この日もさっさとホテルを後にした。
午前中には盛岡市街に入った。
城跡公園の駐車場にクルマを停めそこらを散歩したが、人出の多さから昼食の店が激戦になるとの直感が働いた。
地元の風情を味わうより、この日に限っては優先すべきは昼食だった。
遅れを取るまいとわたしたちは開店前に店を訪れることにした。
駅前の駐車場が満杯だったのでクルマを家内に託し、わたしは小走りで店へと急いだ。
まず向かったのが「盛楼閣(セイロウカク)」だった。
しかしすでに長蛇の列ができていた。
店は2階なのに列は階段を伝って1階の外にまではみ出していた。
先に記名してから並ぶのだと皆の動きから察知して、列の路肩を走り抜け入口にて名前を書いてわたしは列に並び直した。
まもなく家内が現れたので代わってもらい、続いてわたしは昼食の第二候補である「ぴょんぴょん舎」へと向かった。
幸い、列は短かった。
番号札を取るシステムになっているようだったのでさっきと同様、わたしは列の横をすり抜けて入口前の受付マシンと向き合った。
と、列の先頭にいたおじさんが「おい、並んでんだよ」と言葉を荒げ、わたしのカラダを肘で押し返した。
ただの冷麺である。
いくらなんでもそこまで熱くなることはないだろう。
並んでるんですよと、一言云えば済むことである。
だから、ちょっと過剰反応ではないかとわたしはおじさんを諭した。
それに対し、なんだとおじさんはムキになってわたしに向き合うが、そこではじめてわたしの風体に気づいたのだろう。
声のトーンがブツクサといったレベルに一気に下降した。
わたしはおじさんに対し先を促すが、向き合えば向き合うほど、おじさんの勢いは尻すぼみなものになっていった。
身なりから判断するにおじさんはどこか所属する世界で偉い人なのだろう。
が、そこでの流儀が所属外の世界で通るはずもない。
周囲の人が笑って見ていたからこれ以上はみっともないと思いわたしは列の最後尾へと移動した。
待つこと15分ほどで席に案内されたので家内をこちらに呼び寄せた。
家内には順番待ちでの出来事について一切説明せず、おいしいおいしいとだけ言って一緒に冷麺を食べた。
西宮阪急や成城石井などでぴょんぴょん舎の冷麺をよく買って食べるが、現地で食べるものはスープも麺も風味が一段も二段も上だと思えた。
しかしこの日も時間は限られていた。
食後の余韻にひたることなく、わたしたちはただちにクルマに乗り込んで猊鼻渓を目指してひた走った。