ちょっとチープな感じがして、これまで近寄らなかった。
しかし、この界隈の店は一通り行き尽くしてしまっていた。
つまり選択肢がなかった。
まあ、ものは試し。
ダメ元で訪れた。
ところが大当たりだった。
メニューに「松阪のソウルフード」とあって頼んだところ、この鶏焼き肉が実においしい。
こちらの方を売りにすればもっと客が入るに違いない。
看板に大書きされた「ハイボール50円」を目にしてしまうと、普通の大人は誰だって二の足を踏むのではないだろうか。
気に入ったから、この日もまた訪れた。
おそらく店の特等席がテレビの真ん前の席で、チャンネルも置いてある。
そこに案内された。
テレビをつけニュースを見ながら、鶏焼き肉を楽しんだ。
と、後ろの席に若い女子らがやってきた。
漏れ聞こえる会話から仲良し看護師四人組だと窺えた。
ニュースよりそちらの会話の方が俄然おもしろそうであったが、後の祭り。
他に客もいてテレビの音量を下げるのも不自然なので、途絶え途絶えに聞こえる話の断片を拾うが、もどかしい。
遠い異境のラジオ放送に周波数を合わせるようなものであった。
詳細は不明だが仕事の話から始まって、おいしいおいしいと盛り上がり、やがて男性談義に花が咲いた。
それでふと、わたしはある看護師がしてくれた話を思い出した。
昨年のこと。
長男がラグビーの試合中に足の骨を折った。
翌日に大事な面接があったからとりあえず応急措置で済ませ、面接を終えた後、タクシーに運ばれて彼は入院した。
無事に手術を終えて退院となった日、わたしが上京して彼を迎えた。
下宿先へと向かうタクシーのなかで彼は言った。
ほんとうに看護師さんがよくしてくれた。
朝も夜も親身に尽くしてくれて感動した。
そんな息子の話が印象に残っていたので、ある会食の際、その場にいた看護師さんたちに「看護師の仕事はほんとうに尊いですよね」とうちの息子から聞いた話をしてみたのだった。
すると何人もの看護師が笑って言った。
若い男性がいると看護師は真剣になるんですよ。
ちゃんと素性もチェックしているはずで、慶應の学生と分かってこれは私が担当するとその看護師は手を挙げたんだと思います。
そうそうと周囲の看護師も頷いた。
看護師さんの職務を褒めたことに対する一種の照れ隠しなのだとは思うが、まあ、そういうこともあるのかもしれない。
鶏焼き肉を特製のにんにくダレで食べつつ、それでわたしは自分の息子たちについて考えた。
異性から見て、一体彼らはどうなのだろう。
身びいきを排して厳しい目でみても、かなりいい男たちであるとしか思えない。
頑丈で頼もしく、アホに見えて実は頭もよく、映画や音楽に通じ英語もできて、友だちの数も多いし、気は優しいがここ一番の突破力には目を見張る。
それにやんちゃ坊主由来の遊び心とユーモアセンスにあふれ、加えて、よく食べるしお酒も強い。
それでわたしは楽しい空想を巡らせることにしたのだった。
どのみち後ろの女子らの話は不完全にしか聞こえてこないし、聞き耳を立てるのも面倒極まりない。
だから、彼女らは、わたしの息子たちのことを話しているのだと思うことにした。
親バカと妄想は親和する。
彼女たちは誰かのことを素敵だといったようなことを言っている。
その誰かと置き換えて、うちの息子たちなら遜色ない。
そう思って、我が子を彼女らの話の主役に仕立て上げ、松阪のソウルフードを味わった。
なんと楽しい食事だろう。
今度、息子らも誘いたい。
もしこの場に息子たちがいたら、この妄想親父を通り越し、結構こっちにいい視線が来ていたのではないだろうか。
そんな想像まで巡らせて、わたしは更に楽しんだ。