日曜日の朝はやく、家内がひとりで旅に出た。
同行したいとも思うが週明けから業務がたて込み予定がままならない。
しばらく独り身となる。
その状態が長引けばちょっと寂しいといったことになるのかもしれないが、なぜか浮かれる。
やはりどうやら、たまに一人というのも悪くない。
空晴れ渡る日曜にひとりで過ごす。
こういうときこそ本性があらわとなる。
まず最初、ぎんぎら太陽のもと家中の布団を担ぎ出し天日に干し、そのままわたしはジムへと向けチャリに跨った。
休日の出だしをジムで飾る物好きはそうそういない。
独り身のカラダをがら空きの巨大プールに解き放ちたっぷり泳いだ。
昼にかけ人がぼちぼち増え始め、やや混み合うマシンスペースにて筋トレに励んだ。
たまにここで女房と顔を合わせるから、カラダに負荷をかけつつ無意識裡に女房を探し、その不在をほんの少しさみしいと思った。
お酒を飲まないとどこか外で食べようといった気持ちが起こらない。
ジムの帰りにスーパーで買い物し、カラダづくりを兼ねたっぷり肉を食べることにした。
それで2割引のものを選り分けて、添えるタレやにんにく類も買い求めた。
ノンアルビールをプシュと開けて無骨に肉を焼きガツガツと食べ、デザートはアイスで、これがこの日2個目のアイスとなったから明日からは1個に抑えようと心に誓った。
まだ日は高かったが、映画でも観ようと長男に意見を求め、あれこれ教わったなか『ゴジラ-1.0』を観ることにした。
息子がすすめるだけあって面白い。
随所で目頭も熱くなった。
昔、長男が言っていた。
ひとりで仕事して、ひとりだけ成長してもつまらない。
チームで力を合わせて結果を出し、それで勝利の喜びを分かち合う方が仕事として絶対に面白い。
なるほどとそんな言葉を思い出し、ゴジラを向こうに回す世界を眼前に皆で力を合わせて頑張る姿にわたしの胸は熱くなった。
それで気付いた。
ひとりのように見えて、決してわたしはひとりではなかった。
どんな仕事の場面においても、勝利を分かち合うチームメイトとも呼ぶべき者が間近に存在し、わたしはその喜ぶ顔をみたいと思って仕事に励んでいるのだった。
つまりわたしもゴジラを向こうに回す男たちの一員なのだった。
チームへの貢献を旨とする。
そうと気づかなかっただけでわたしはそういう人物と断じて間違いなかった。
このように一人になるとふとしたことでその本性があぶり出される。
自身の願望を履き違えぬよう、だからたまには一人になって自らの真実に目を向けるべきと言えるだろう。