ラウンジで話しかけてきた老夫婦の座席は通路を挟んで隣側だった。
離陸の際、夫婦で何やら固く手を握り合っている。
ふとそれが視界に入ってお二人と目が合った。
旅の無事を二人で祈ってるんです。
ご主人がそう言って笑った。
なんだかとてもいい。
その光景をみてそう感じた。
いつかわたしたちもそんな風になるのだろうか。
息子たちがロンドンやニューヨークで暮らし、彼ら家族に会うための旅路に臨み、その度に無事を願い合う。
飛行機に乗ってしまえばあとは楽なもんである。
要約すれば食事して映画を見て眠るだけ。
実に楽であり、その楽チンが旅の感興をじわじわとかき立てていく。
家内は韓国のグルメ番組を見始めて、わたしはまず最初、マドンソクの「犯罪都市3」を楽しんだ。
その圧倒的な腕力に力づけられその勢いにのって懐かしの「ブレイブハート」に見入った。
そもそも新婚旅行でスコットランドを選んだのは、この映画の影響があってのことだった。
実際、スターリング城を訪れウイリアム・ウォレスの石像と並んで家内と記念写真を撮った。
しかしあの写真はどこへ行ったのだろう。
引越しを二度繰り返し、いつしか行方知らずとなってしまった。
が、肝心なのは記憶。
ロンドンで買ったお揃いのトレーナーを着てバスに揺られ観光地を巡った。
ああなんて若くてダサくかつ愛おしい思い出なのだろう。
行き先ははるか遠く、だから時間はいくらでもあった。
最近話題になった映画も観ておこう。
そう思って「パーフェクトデイズ」を選んだのであったが、これがめちゃくちゃよくて所々でわたしは涙した。
光と影に織りなされる人生である。
だから笑みがこぼれ、時に流れ出す涙を押し留めようがない。
そんな感情の綾を包み込んだ小さな日常の断片が集積し巨大な人間愛といったものが形成されていく。
ロードムービーと言えばヴィム・ヴェンダースと名の挙がるその真骨頂がいかんなく発揮され、老境へと至って手掛けられた本作が代表作と言っても過言ではない出来栄えを見せた。
ラストシーン。
悲喜こもごもが混在するにせよやがては喜が悲を押し返す。
奥深くに人が有する確かな勁さが役所広司の表情に現れ出て、そこに生きることへの希望を強く感じ、わたしはまたも涙してしまった。