学生時代とその後数年、東京で暮らしていた。
が、ほぼどこへも出かけていない。
いわゆる出不精。
狭い世界に閉じこもり、それで足れりとしていたのだった。
家内と結婚しあちこちへと出歩くようになった。
東京についても家内と行動を共にして、はじめてその全貌について知りはじめたと言っていいだろう。
昔と今を比較して歴然とした差を感じる。
閉じた世界の配色と数が雲泥の差。
出歩くほうが、記憶も含めはるかに色鮮やかなのだった。
投宿してすぐ外を眺め、目の前に築地があると分かった。
ではそこで寿司を食べよう。
思い立てば即座行動に移す。
そんな家内であるから、次の瞬間にはタクシーを降り、寿司屋の居並ぶ築地の路地を二人して歩いていた。
人気の店も昼時を過ぎているから空席があった。
二人並んで座っておすすめどころを味わっていった。
めっちゃおいしい。
何も気取ったところで食べるばかりが能ではないのだった。
角を挟んで隣側に不倫カップルがいた。
中年の男性はいかつい雰囲気で女性は身なりよくいいものを身に着けていた。
時々目をやって、だんだんわたしの認知が変わっていった。
その昔なら年齢も雰囲気も角の二人を「向こう側」の人という捉え方で済ませていた。
が、いまのわたしたちをこの視線のなかに交えて見れば、どうやら話は逆転するのではと思えた。
その男性よりおそらくわたしの方が歳上で、どちらかと言えば体格もよく、だからいかつさで劣らず、女性同士を引き比べても、家内の方が身なりと出で立ちで相手を圧していた。
つまり、かつてならこちら側で抱いていたような印象は、向こう側が抱いてもおかしくない印象と捉えることができ、ああわたしたちもそれなりに歳を取ったのだとの実感が込み上がった。
たっぷり食べてひとり1万円にもいかなかった。
なんてことなのだ。
家内はたいそう喜んだ。
そこから歩いてホテルへと戻って、続いてはこれまた初体験。
東京湾クルーズへと赴いた。
歩いて日の出桟橋へと向かい、まもなく案内された客船が思った以上に豪華で席もよかった。
船が動き出し、二人ではしゃぐも船内にいても詮無い話であった。
さっさとデッキへとあがって、秋が兆しはじめた風に吹かれ東京湾の風景のなかに包まれて過ごした。
ドイツからお越しの若い男女も東京での最終日を船上で過ごし、旅の名残を惜しんでいるのだろう東京の灯に二人してずっと見入っていた。
いつしか船内にいた若きカップルたちも続々とデッキへあがって、わたしたち同様、それぞれ同じ方向へと視線を向け、思い思いの時間を過ごし始めていた。
たまに広々とした景色のなかに身を置いて一緒に過ごす。
つがいが初心へと戻るうえで必須の時間と言えるだろう。