年末に向けぽつりぽつりと会食の予定が入り始めた。
この夜は台湾からのお客さんに誘われた。
みな旺盛に飲む。
お酒が共通言語とも言える場であるから飲まないとなれば失語するも同然。
一抹の不安を感じつつ飲みの場にわたしは臨んだ。
当たり前のように全員がビールから始めるなか、わたしひとり注文の最後にノンアルを付け加え、皆の度肝を抜いた。
この大酒飲みの身に一体、何が?
まあそのあの、いま飲んでないのです。
もじもじと小声で誤魔化しつつ乾杯し、まるで飲んだくれのごとく元気よく喋って身振り手振りで誤魔化した。
店主が気を利かせ、目立たぬようノンアルを追加してわたしのグラスにそっと注いでくれた。
それもあってまもなく誰もわたしが飲まないことなど気にしなくなっていった。
ところが、やはり予想したとおりやがてわたしは失語した。
お酒という燃料を抜きに酒飲み相手に話すなど至難。
わたしは見る間に失速し、言葉少なな男になってしまったのだった。
会話から脱落すると、またみなの注意がわたしに向いた。
それで仕方がないから「実はその」とわたしはウソをでっち上げた。
このところ体調が思わしくなく、飲むと次の日は仕事にならず、数値が改善するまで飲んじゃ駄目とドクターストップがかかってるんです。
じゃあ何しに来たんだと言うものはおらず、このウソが免罪符となり、やっとのことわたしはさあ飲もうとの掛け声から解き放たれることになった。
残りあとせいぜい二、三十年の人生。
その時間を明瞭な意識で過ごしたい。
だからもう飲まないのです。
そんな真正直な話は胸の内に留め、みなの飲み姿を笑顔で眺め、会話に相槌を打って過ごした。
同じ話が何度も続き、そろそろお開きかとわたしは期待を寄せるがその度、誰かがあと一杯、もう一杯と追加して宴は延々と続いた。
ようやく店を後にし皆はタクシーで次の店へと走り去り、わたしはひとり夜の二号線を駅まで歩いた。
夜風が心地よく、意識は明瞭。
わたしは自分が変わった喜びを路上で噛み締めた。