京都に用事があるという家内をクルマで送った。
せっかくの京都である。
南禅寺あたりでお茶して軽めの朝食を共にしてから家内を残し、わたしはひとり京都を後にした。
海へと向かってクルマを走らせ昼過ぎに洲本に到着した。
手近なところで腹ごしらえを済ませ、そして業務に臨んだ。
昔なら気の張る業務であった。
が、ずいぶんと慣れた。
いまや名人芸とも言える域にあるだろう。
テキパキと片付けていった。
それでも数をこなすとカラダに堪える。
寄り道することなく雨のなかクルマを走らせ帰宅した。
まもなく家内も京都から帰ってきた。
いい器との出合いがあったとのことで上機嫌だった。
夕飯の支度にかかる家内の話を聞いて随所で笑わせてもらうが今ひとつ元気が出ない。
ソファで寝そべりつつもわたしは疲労を持て余していたのだった。
雨が小降りになるのを見計らい、わたしは武庫川へと足を向けた。
動かしてなんぼ。
カラダはそのようにできている。
名将蔦監督もかつて言っていた。
走ればカラダがしゃんとする。
川下への道は降り続いた雨でかなりぬかるんでいた。
それでわたしは針路を川上にとった。
道幅がコンパクトで小刻みにカーブし夜陰のなか走るとまるで林道を進むかのごとく。
雨で緑と川をせせらぐ水の匂いが清々しくも濃く漂い、それもあって森林感が強まった。
ただただ呼吸するだけの存在となって、つくづく思った。
良い環境があれば幸福になるのに手間は不要なのだった。
走って一時間ほど。
夕飯の用意が整った。
そんなメッセージが届いて日常に引き戻された。
まだまだ走れる。
そんな未練を残しつつ家へと引き上げた。
栗ご飯と秋刀魚という秋の風味を味わって、これで窓から金木犀の香りが届けば完璧な秋となる。
そんな秋間近の感興にひたって、食後は家内の二万語に耳を傾け耳つぼマッサを施してもらった。
さあ今週は日曜も仕事。
朝、現場までクルマで家内が送ってくれるという。
仕事の話を交えながらも、引き続き仕事は遠景に置かれたまま。
折々適切にリセットされて、我が家において物事は正しい順序で配列されている。



