KORANIKATARU

子らに語る時々日記

サンタの事情

小5の息子が星新一を読むようになった。
昨晩一緒に風呂に入っていて、ボッコちゃん収録の「悲しむべきこと」について語ってくれた。
サンタが資産家の家に強盗に押し入るという話である。
サンタクロースが実は金に困っているという視点は、星新一ならではであろう。
星新一は子らに現実の何たるかを示唆察知させる役割を担う。
視点が増えるのはいいことだ。
様々なアングルから世界を再認識していく数々のヒントが、ほんの数ページに凝縮されている。

星新一のサンタだけでなく、表面的に見える姿と実情が全く異なるという例はいくらでもある。
金持ちそうに見えて本当に金持ち、こういう人もいる一方で、金持ちそうに見えるのに全くお金のない人がいる。
そしてその正反対に位置する、全然金持ちそうに見えないのに、実は大金持ちという人がいる。

第三カテゴリーの「思慮長けた在り方」に思い至るには相当の年季が必要だ。

子供時代はベンツ見るだけで、わーい、金持ちだ、と後を追って騒いだものだ。
社長と聞いただけで、大金持ちなのだと断定もした。

ところが、長じるに連れ、人生いろいろ、ベンツもいろいろと知るのである。
走るベンツを路上でみれば羽振りよさげに見えるものの、帰還する場所でおよその察しがつく。
こんなところにベンツがあるはずがない、というような狭い路地に鼻先どころか、動物でたとえれば頭部突き出し駐車してあるベンツもある。
往来の度、そのベンツの頭部をよけるために、細い路地の道幅で車体の身をよじるように細心の運転を心掛けねばならない。

顕示的な在り方が要請される職業もあって、不動産屋などギラギラの時計にドデカイ外車を乗り回さないと資金的に信用されないという話を聞いたことがある。
バブルの頃のアホな女子大生じゃあるまいし、今どきそんな視点で判断する世界があることに驚いた。

第三のカテゴリーの方々は違う視点でモノを見る。
一種のひねくれとも思えるが、例えば、ギラギラの時計にドデカイ外車であれば、まず一次的には「金持った瞬間に右から左で、現金はないで、取引きは慎重にせなあかん」と見る。
金が実際にうなるほどあって、仕方ないので高価な買い物していると分かれば、「金貯めなあかんがな」と忠告し、金もないのにそんな身なりをしていると分かった際には、「金貯めなあかんがな」と言い聞かせる。

そして、その方々は金持ちであるプライドを奥の奥に隠しつつ、相当な財産を抱えていても、「お金ない」というスタンスで構える。
おそらく、お金あるとふんぞり返った途端に、すべて暗転すると弁えているのだろう。一種の信仰のようなものかもしれない。
そして、現実の渡り合いの中で、お金ない、というスタンスの方が色々好都合なことが多いようだ。
お金にまつわるしわ寄せを食うことが少なくなる。
お金あるねんという人の場合、ちょっとくらい迷惑かけても構わない、ちょっとくらい損させても構わないという、暗黙の了解事項が周囲に成立してしまいかねない。そうなると資産形成は終幕だと、第三カテゴリの方々は数々の経験上心底心得ているのだ。
こういう方々がお金を溜込むから景気が悪いのだと非難の矛先が向うが、資産形成の過程で既に果たした血のにじむような経済的貢献を忘れてはならないだろう。

表面的な情報で判断しないことである。まずはその背景を凝視しなければならない。

先日、飲み屋もいいもんだという話を書いたが、どうしようもないような奴に巡り合うこともある。
何かの異業種交流会に連れられたことがあって、みなハキハキシャキシャキ威勢良すぎて、やる気満々すぎて、場違いなところに来てしまったと呆気に取られつつも、名刺交換をひとしきり交わした。

隣席の若い社長が話しかけてくる。ため口である。おまえはサーファーか、と内心呆れつつまあ常識的な受け答えをしていたのだが、唐突に、「今どき、書類屋ってたいへんでしょ?」とどこまでも軽いノリで、ハッキリ明瞭に見下す風なトーンで聞いてきた。
腹でどう思ってようが「書類屋はどうですか?」「書類屋のお仕事って、たいへんなこともあるんですか?」「書類屋って何かかっこええですね」という切り出しが初対面のマナーだろう。

あまりに失礼で、この若者が哀れに見えてきたので、彼に対し、そんな口を聞かれる筋合いがないこと、口の利き方が不快であること、書類屋が全然たいへんな職業ではないこと、その若者と私を比較して全ての点で同情される余地のないことを彼への質疑交えつつ説明した。
そして、何でもそうやけど、相手煽る新聞記者やあるまいし、決めつけるような言い方したらあかんで、と諭してあげた。

この若者なんて、サンタは金持ちで、第三カテゴリーの方々は貧乏であるといった既成観念の餌食みたいなものだろう。
こんな若者に出くわしてしまうのは、実に「悲しむべきこと」だ。