KORANIKATARU

子らに語る時々日記

心のドラゴン

明けの明星を東に見つつ2号線を進む。
FMではインド宮廷音楽が流れ、やにわ旅愁にも似た感が込み上がるが、スーパー玉出のケバケバネオンをはじめ目に入るサインが見知った風景であり、間もなく現実に引き戻される。

決まって朝五時に淀川堤防へ向かって自転車走らせる野球少年らとすれ違う。

被災地の子供たちに向け、ブータン国王が語ったという龍の話を思い出す。
誰の心にもドラゴンがいる。
経験を糧にし、そのドラゴンは日増しに強くなっていく。

我々が育った時代はまだ日本が発展まっしぐら、この世の春を謳歌するような勢いであった。
昭和天皇崩御の後くらいからか、日本はみるみる凋落を始め、そして、いつかきっと回復するという甘い観測のもと、米国バブルのおこぼれがあったひと時をのぞき、二度と景気は回復せず、熾烈な企業間競争は激化する一途で光明は見いだせず、給与は減り続け、少子高齢化傾向はその度合いをどんどん強め、国の財政状態は末期的、税と社会保険料の負担は更に重く、実入りは先細る一方だ。

いまやますます元気なく、近隣のロシア、中国、韓国、北朝鮮に頬を張られ、軽く蹴りを入れられ、頭小突かれ、という青息吐息という状態というのが真実の姿なのではないだろうか。

国後、竹島尖閣は我が国の領土だ、目にもの見せてやると感情揺さぶられ息巻くおじさんらもいるけれど、単純に突き詰めれば大げさではなく戦争に行き着くかの類いの話であり、ゆるゆると尻すぼみの日本が、一筋縄ではいかないそれら近隣の国に果たして、つばぜり合いで伍することができるのであろうか。

凄惨極めるシリアの内戦もきっかけは、中学生の落書きであったという。
現政権をコケにするいたずら書きが取り返しのつかない事態を招くことになった。
当局に連行された件の中学生らの大半は安否が不明というではないか。

暴力的な衝動をあらわにするなど、恥ずべき事だと心得たい。
いまのおじさんらでは、解決できないか、血気盛んに内輪で叫ぶくらいが関の山だろう。
そのような血気を受け継いではならない。
スポーツならいざ知らず、血気に対し血気で呼応するなど、もう21世紀なのだ、慎まねばならない。

日本を背負う子供達の胸に数々の高貴なドラゴンが育ち、誇り高く、敬意を表される日本がまた立ち現れる。
子を持つ一人の父親として、未来は必ずそのようであると信じたい。