急に歩きたくなった。
事務所から家まで12.3km。
これを歩くことにした。
いままで考えたこともないことだった。
へとへとになる心地よさに心底開眼してしまった。
どうしてもクルマに乗らなければならない日以外は、歩く。
何のために一日を過ごすのか。
いまや答えは明確だ。
仕事後、束の間の解放感に浸りつつ、一直線、ぐんぐん歩く。
一日のうち最も喜ばしい時間となった。
人の居宅は主要な三層からなる。
地下の基礎工事部分と、世間とつながる地べたの1階、そして2階には青雲の志が住む。
男子であれば、1階に身を置き仕事に明け暮れる。
それが当然だが、そんな人生平べったに過ぎる。
1階の運営がうまくいっていれば、地下や2階でもひと時過ごそう。
是非とも過ごさねばならない。
ひたすら歩く。
深い沈黙のなか、自己の内面の地層をひとりで巡る。
間違いなく、地下に滞在する時間だ。
草原を渡り、海を越え、心の中の都を目指す。
地べたの夾雑物からどんどん遠く離れてゆく。
穏やかで満ち足りた幸福感に浸る。
ただただ歩く。
地下は滋養に満ちている。
地下効果で、地べたでも元気はつらつだ。
2階に住む青雲の志へもみつみつとエネルギーが供給される。
このまま行けば、もう2階ではおとなしくしてられないだろう。
地下から2階、さらにその先へ。
朝から晩まで地べたで過ごすより、気持ち高ぶる。