KORANIKATARU

子らに語る時々日記

財布からっぽ空っ穴

空っ穴。これほどひもじい言葉はない。
空っ穴な人の話を聞くと、本人が笑っていても、とても合いの手など入れられなくなってくる。

昼にお店でラーメン食べたいのにお金がない。
仕方ないのでインスタントに湯を入れる。
汁が垂れ、ねっとりした汗が脇腹を伝う。
新聞屋が料金の請求に来る。手持ちはない。
物音立てぬよう留守を装う。
薄暗い部屋に不吉な気が満ちる。
身構える。
突如、電話がなる。
心臓が張り裂けそうになる。
借金の返済期限はとうに過ぎている。
電話の電源を落とす。
ドンドンドン、戸を叩く音が響く。
息を潜める。
おいおいヤマダ〜、と名を呼ばれる。
脈はますます速く、呼吸はどんどん浅くなる。
布団を頭から被り、全て過ぎ去れと、顔を歪めて無言で叫ぶ。

ついこの間までは羽振り良かったのだ。
見る間たちまち干上がった。
いい気味だ、とでも思っているのか誰も助けてくれやしない。
もはや打つ手がない。

兄貴についていれば、おこぼれがあった。
日銭に困ることなどなかった。
宵越しの金などお荷物だとばかりに、道に水まくように、ぱっぱぱっぱと気前よく使ってきた。
エサに群がるハトポッポみたいに周囲に人は絶えなかった。食事をおごって、足代も持たせた。
おこぼれだから、痛くも痒くもなかった。
十円、百円のためにあくせくし、額に汗する人がバカに見えた。

兄貴の様子から、おこぼれの財布の紐が堅くなる予感はあった。
しかし、深く気にとめなかった。
いつだって兄貴は何とかしてくれるのだ。
相変わらず散財しまくった。
というより、悪い予感がしようがしまいが身に付いた浪費癖はおいそれと改められるものではなかった。

予感は的中した。
もう君に渡す金はない。
いくら頼んでも兄貴はその一点張りだった。
冗談ではないようだった。

何とかしなければならない。
責め苛むように照りつける陽射しに頭がクラクラする。何も名案浮かばない。
おこぼれ以外に、お金を得る方法が一体どこにあるというのだ。
暑すぎる、汗が止まらない。

兄貴にもう一度頼んでみよう。
この答えに到達し、深くため息をついた。
少し気が楽になった。
兄貴がフーフー、アーンしてくれないと、おれって何もできねえじゃん、と一人照れ笑いした。

しかし、兄貴は首を横に振るばかりだった。
もうずいぶんつぎ込んだ。
損切りの日はとうの昔から決めてあった。
あとは自分で何とかすればいい。

途方にくれる。
生まれてこの方、お金と地道に向かい合ったことがない。
他人に指図されて働くなんて真っ平ご免だ。
ジイジとバアバの優しい姿が思い浮かぶ。
二人は大人扱いしてくれた。
大好物のトロばかり頼んでくれた。
雨が降れば迎えに来てくれたし、蹴っても蹴っても布団を掛けてくれた。
いじめッ子を追い払ってくれたし、暴力教師を成敗してくれた。
成績が悪くても、1個や2個の正解を指して万歳万歳と褒めちぎってくれた。

ジイジとバアバが生きていれば、小遣いもらえるのに、何で死にやがったんだ、おれが死ぬまで、何で150歳まで生きてねえんだよっと怒りに震える。

あっ、そのとき突如名案が浮かぶ。
お国に何とかしてもらえばいいのだ。
頭はこのように使うのだ、とブレイクスルーの心地よさに浸る。
ジイジとバアバから不滅のお国へ視点をジャンプする見事な水平思考。

気力が湧いてくる。
疎遠な友達に声をかけ1万円ずつ借りてお国が何とかしてくれるまで食いつなごう。
1万円なら返さなくても文句ないだろうし、どうせ疎遠だから絶縁になっても構いはしない。
状況変われば兄貴がまた何とかしてくれるに違いない。