KORANIKATARU

子らに語る時々日記

フリーズする前にスリープした方がいい

2009年8月揚子江。
フェリーから一人の男が身を投げた。

男は客室から耳を押さえ叫び声上げ走り出てきた。
ケガでもしたのかと周囲が助けに向かおうとしたとき、後から奥さんが追いかけてくる。
衆目集める中、一切ためらうことなく男にかぶりつき怒濤の勢いで口角泡飛ばし小言を浴びせ続ける。

男は耳を塞いだまま、あああ、と絶句し闇夜の川へ飛び込んだ。
まるで強力な殺虫剤でも噴霧され虫ころがあっけなく息絶え吹き飛ばされたみたいに。

ほとんど海とも言える巨大な河川である。
しかも夜。
命助かるはずがない。

小言ほど人心を錯乱させるものはないと如実に物語る話である。
蜂の大群に襲来されるように、小言が押し寄せてくる。
払っても払っても、蜂の襲撃が止むことはない。
体表はもちろん、シャツの中、裾の中にまで入り込み、背中やら脇腹やら脛やら腿やらあちこち刺される。
全身に鋭い痛みが走り続ける。
逃げても逃げても、とどめ刺すまで蜂は執拗に追ってくる。
であれば、もう飛び込むしかない。

蜂の襲来は、会社や学校、家庭、人間関係あるところ、つまり、足が一瞬とまった状態となる関係性があれば、どこでだって起こり得る。

そのような状況に晒されたとして、どう対処すればいいのだろう。
まずは黒い服を避け、明るい服を着て、できれば笑顔を作る。
黒々とした髪がある場合は帽子やヘルメットなどで防備し、密室であれば窓を開け、蜂が外へ抜ける通路を確保する。
蜂は甘いものが好きなので、外にエサをまければ更にいい。

もし蜂が近寄って来ても決して慌てて手で払ったり、動揺して駆け出したりしてはならない。
大きな物音発するのもご法度である。
そんなことすれば、蜂を刺激し大襲撃を招きかねない。

蜂は動かないものを攻撃しない。
じっと息を潜め、むやみに動かないことである。
そしてチャンスがあればじわじわと、だるまさんが転んだを繰り返すように、静かに静かにその場を離れる。
しかしリスク冒すよりはじっと固まったままの方がいいかもしれない。

フェリーから川に飛び込んだ男は、蜂対策において全部裏目に出る行動を犯してしまったようだ。
漆黒の夜、彼は大仰に逃げ、声まで上げた。
十中八九、笑顔も失っていたに違いない。

奇跡的に、数キロ先の川べりで男は無事発見された。
蜂が恐かった、耐えられなかった、死んだ方がましだと思ったんだと警察での事情聴取で話したという。

夜中の大河を数キロ泳ぎ切る、そんな屈強な男であってさえ、本気になった蜂にはなす術がない。
凡人が牙むいた蜂に対処できるわけがないのである。

はえはえかかか、といったご愛嬌で済む生易しい相手ではない。
眠れる獅子より恐ろしい。
目覚めた蜂に対しては、こちらが眠る。
逆説的だが、それ以外に渡り合える手段はない。