KORANIKATARU

子らに語る時々日記

我が家の攻守のスタイル1

1 たまには息抜き

久々にジョギングし上方温泉一休に昼からカラダを浸す。

分厚く堆積したタスクをどう処理するか、いきなり切った張ったすれば訳が分からなくなる。
まずは呼吸を落ち着け、立ち止まって大きな視野で分量を捉え直さなければならない。
すぐに着手するもの、来月に取り組むもの、他所に託すもの、断らざるを得ないもの、大雑把に分別してゆく。

助けを求められれば力にならなければならない。
しかしカラダは一つであり、時間はいっときに一つ所を流れるだけで、押し寄せる課題の数々を一網打尽にすることなどできるものではない。

辛抱強く着実に一つ一つこなすだけであり、なかにはこなせないものも生じ忸怩たる思いも去来するけれど心の中で手を合わせ頭を下げつつ、前を向いて進んでいくしかない。

これをこの先ずっと命続く限りは続けることになる。
だからたまに我が身いたわり人心地ついたとしても、まあ大目に見よう。

引き続き家内に誘われ、スポーツの森で40分泳ぎ、みずきの湯の炭酸泉に20分身をしずめる。
寿命が延びるような実感がありあり湧くほどに、カラダへの好作用を感じる湯である。
日に二度も湯に入るなんて私は何と清潔な男なのだろう。

2 我が家の超論理

家内と帰りのクルマで話す。

我が家は上々だ。
いろいろなことがまあ順調に運んでいる。

子らは健康そのもの屈強で真面目に勉学に励み、長男は優秀で二男はその上はるかに優秀だ。
仕事も絶えることがない。

なぜだろう。

悪目立ちせぬよう、浮かれぬよう、ひっそり質素に生きてきた。
日頃の行いも、慎ましく、品行方正だ。
欲をかくことも、悪心を増幅させることもない。
両親、祖父母の代からそうで、それら長男長女が夫婦となっているので、その真髄が更にピュアに凝縮された家庭となった。

真面目にやってきた。
超論理だが、そう結論した。

親が地に足ついてしっかりやってきた、守備ががっちりしているからこそ、子らが前を向いてプレーできる。
そのようなことなのだ、きっと。

3 星のしるべの式年遷宮

友達にちょっと聞きたいことがあって時間の合間メールした。
間髪入れず的確な回答を得て、さすがと言いつつ、じゃあ今度飲みに行こうとなった。

お互い、子の年も近い。
というより、周囲見渡せば、33期連中みな大体同じ頃合いの小せがれを育てている。

20年毎に社殿を再建造し神座を遷す伊勢神宮式年遷宮みたいに、我々は生きるスタイルを子らに伝承し、新たな神座に魂が宿るようあらゆる手を尽す。

つづく