KORANIKATARU

子らに語る時々日記

熊野古道から一夜明けて


連休最終日、夕刻の阪和道上りは入口手前から既に大渋滞であった。
赤いブレーキランプの列がはるか前方に連なり、後方も白い光が絶え間なく続く。
世の中の車という車が総出になってギネス目指し光りの数珠つなぎでもしているといった様相である。

二男がエントル・ジョンをかけてとリクエストするので、エントルではなくエルトンであると訂正しつつベストを流す。

一時間以上も牛歩が続くが、広川のインターを過ぎた途端にマジックさながら渋滞が雲散霧消し、首輪外された野犬の群れが駆け出すみたいに次々と車両が猛発進していく。

荒ぶるような怒濤の走りのなか安全運転心がけ控えめに進む。
上之郷インターから関空線を経て神戸湾岸線まであっという間であった。

高石インター付近、臨海工業地区が帯びる光に二男が息を呑む。
一種異様な、現実離れした景観に人類という種族の本質が垣間見えるかのようだ。


夕飯を食べて帰ろうと話し合う。
尼崎末広出口最寄の回転寿司を二男が検索する。
武庫之荘あたり、丸徳と長次郎が候補に上がる。

丸徳はその昔よく通った。
長次郎は行ったことがない。

かつてタコちゃんが長次郎で食事したとfacebookに投稿していたことを思い出す。
それを家内に話すと、苦しゅうない、との詔が発令された。
タコちゃんがそこで食べているなら何も問題はないはずだ。
長次郎にナビを合わせた。

自宅で帰りを待つ長男に二男が電話する。
寿司一緒に行かないか。

寿司に興味はない。
既に夕飯を済ませ、ムレスナのマロンパリを淹れ休日の余韻に浸るひと時を過ごしているということであった。

私が十代の頃、お茶と言えば粉のインスタントコーヒーしか知らなかった。
茶葉で淹れるマロンパリなど、頭が高いにも程がある。


長次郎の待ち合いスペースで席が空くのを待つ。
一つ前の順番の若いカップルが隣席に座っている。

彼氏が彼女に言う。
クリスマスはナイフとフォークで食べるお店に行こう。
彼女は一瞬ぱっと顔を輝かせるが、ナイフとフォークのマナーを知らないけど大丈夫かな、と不安を漏らす。

大丈夫、外側のナイフとフォークから使えばいいだけだと彼氏が彼女を安心させる。

まだ席が空かない。
彼氏が言う。
これで2時間待ちなら笑えない。

その2時間という語に家内が反応し、えっ、2時間も、と声に出す。

およそ60組の客が入るキャパであり、1分ずつのタイムラグで着席し平均して1組が60分食べるにしても順々に席を立つとすれば、毎分席が空く計算となる。
うちは3番目だからもうすぐだ、と説明する。

まもなく、カップルに続き我が家も席に案内される。
私の左側に、二男と家内。
私の右側に、彼女と彼氏。

混んでいる。
空腹である。
一気呵成に注文する。
注文という打撃戦において我が家のバットが湿ることはない。

二男が出だしだけでペロリ4皿平らげ父が続き母がフォローする。
ジャージ姿で次々注文し皿が頻繁に運ばれ迷惑千万な奴らだと、カップルには映ったかもしれない。
3皿ほど頼んでカップルは二人で分け合っている。
もしここに我が家のエース長男がいれば、回転寿司は3皿を静かに食べる場所ではないのだと、価値転換迫られるほどに凄まじい光景をこのカップルは目の当たりにできたことだろう。

そしてやがて子宝に恵まれた後で、この光景を懐かしく思い出すに違いないのである。


熊野古道中辺路を渉猟した週末から一夜明け、足腰筋肉痛で疲労が全身に巣食う。
寄る年波を痛感している私とは対照的に、家内は滅法元気で今日もヨガに行くという。
ヨガに水泳にランチにウォーキング、日頃から鍛錬欠かさぬ家内との体力格差は年々広がる一方である。

険しい道であっても軽快に歩き切ったのでただのメタボではないと証明はできたはずだが、体力指標では家族のなか周回遅れの体たらくであることに変わりはない。
10kg以上の荷物を平気で担いで通学する長男、塾帰りの道を走破する二男、男子二人につられるようにして結婚当初からは考えられない程に心身強靭となった家内。

私は老いさらばえるが、その一方で元気旺盛となる力動を間近に感じる。
熊野古道を巡る道中、一体何度手を合わせたことだろう。