1
昼間っから酒を煽り、缶チューハイを片手に管巻いて事務所周辺を徘徊するおじさんがいる。
乱暴極まりない汚言がけたたましく、その声にはじめて出くわした時、私は身構え、しかし、声発する主の貧相な姿形を見た途端、一気に警戒心が失せた。
弱そうだという印象の人は様々あるにしても、これじゃああんまり、ひと目で分かる、弱すぎる。
上背はない。
線も細い。
メガネが汚れて斜めになっている。
2
地元の名物ともなっているそのおじさんを、今朝、コンビニで見かけた。
メガネが真っ直ぐになっている。
どう見てもシラフだ。
新聞スタンドの前を塞ぎスポニチを立ち読みをしている。
邪魔なので一歩踏み出し間近に迫ると、自分が迷惑かけていることに気付いた様子で、あたふた退きスペースを空ける。
日頃の威勢のよさは見る陰もなく、許し乞うかのような媚びた目でこちらをパチクリと見る。
素の状態では気が弱いどころではなく、おどおど怯えて過ごすくらいの風であると分かった。
3
おそらくおじさんに身寄りはないのだろう。
朝目覚めれば、ひとり。
全身くまなく萎んだ気分に覆われている。
話し相手もおらず臥せって過ごすが、お天道さまが頭上に来る頃にはもはや耐え難い。
ええい、変身のとき。
コンビニで缶チューハイを大人買いする。
ポパイがホウレン草を口に放り込むみたいに缶チューハイを飲み干せば、たちまち変身、一角の豪の者。
えーい、えーい、邪魔だ除け除け、ぶちのめす。
ジャッキーチェンの酔拳さながら缶チューハイ片手に千鳥足して、道行く人に罵声を浴びせる。
しかし、強そうな相手と見れば、急降下、モゴモゴと口ごもるのだ。
酔いの鎧で気は大きくなっているけれど、おじさんは心底自分が弱いと知っている。
4
誰に聞いたか、話変わって京大卒の亭主の話。
このご主人、京大出たことがよほどに誇らしいのだろう、自分より賢い人間は地上にない、とまで信じているとしか思えないほどに、傲岸不遜、京大卒の叡智でもって大鉈振るい見聞する世事を一刀両断、あいつはアホだ、こいつはバカだと、愚者にあふれる世を嘆きはかなみ要は愚弄する。
もちろん、この手の輩が星のしるべにいるはずがない。
星のしるべであれば、賢い奴はまさに星の数ほど、それを目の当たりにするので、一刀両断など愚の骨頂とわきまえる謙虚な知性が出来上がる。
京大出るなどありふれたことであり、それで酔いがまわってふんぞり返るなどあり得ない。
こんな亭主はゴメンだと、ご近所素面の面々は口を揃えるが、気の毒なのは子供たち。
あれはバカもの、これはアホ、子らが可愛く京大卒の独自の了見をこれでもかこれでもかと子らに伝授し、子らはそれら偏屈な妄言を相対化する術なくうっかり真に受けていく。
京大という酒が入ったまま抜けず、親バカどころか親がバカ。
野田のおじさんは醒めるだけマシ、まだ愛らしい。