KORANIKATARU

子らに語る時々日記

時間を共有する連帯感

改めて言うことでもないが、わたしにとって人生最大の出来事は息子たちとの出会いである。

 

ともに、お出ましは明け方。

空が白み小鳥さえずり始める時刻であったので、両者ともに大歓迎をもってこの世にむかえ入れられた、そう考えて差し支えないだろう。

 

各自の産声をバルナバ病院の廊下のベンチで耳にしてから、かれこれ十数年の月日が流れた。

息子のことを思わない日はなく、親というのはこうまで子に心を占有されるのだと、子を持ってはじめて知ることになった。

 

小さい頃が可愛いのは当然だろうが、ガタイの男子となっていまなお可愛いのであるから不思議なものだ。

 

前回、揃いの腕時計を買ったのは4年前のことになる。

 

今年は気合いを入れ直すちょっとした節目に当たる。

それで新しく揃いの時計を買い直すことにした。

腕に仕掛ける一種の掛け声のようなものである。

 

もちろん値の張るようなものではなく、分相応で質実なものを選んだ。

時間に一層意識的になり、手応え確かな日々を送る一助になればと願うばかりであり、大人になっても使えるはずなので、大事にしてもらえれば嬉しい。

 

ますます忙しくなっていく一方の三人衆であるが、腕に刻まれる時間を通じ男三人が繋がっていると思えば心強い。

 

同じ時計を腕に巻く。

時間の流れのなか醸されるこの連帯感がわたしたちを鼓舞し、時間の味わいを深めてくれるに違いなく、この先の充実は約束されたも同然と言えるだろう。

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Erich Lessing, Czechoslovakia 1956.