KORANIKATARU

子らに語る時々日記

人生フルコース、旅の終点で見届ける後ろ姿


病室を出ようとしたとき母が言った。
「ドアは開けたままにして」

そうすれば病室を後にする息子の後ろ姿をずっと目にすることができる。

病室は廊下の突き当りにあった。
末期ガンの病床にあった母は、見舞いに来た息子が帰る度、その背中を見続けた。

何十年も昔の話である。
ドアは開けたままにして、と言うまだ50代であったその女性の切実な思いに心が震え、昨日耳にしたこの話を私は書き留めずにはいられない。

病に伏してベッドに横たわる身となったとき、何が最も心を慰め強めてくれるだろうか。
健在元気な息子の背中以上のものはないだろう。

我が家においても、朝出かける子らの背中を家内は毎回見届ける。
門を出て通りに出る長男や二男の後ろ姿の写メをこれまで何枚もらったことだろう。


小林よしのり氏の「卑怯者の島」がリビングの机に置いてある。
二男は読み終わったようだ。
手にとってページをめくる。

劣勢極まる激戦の地に置かれた若き兵士らの悲惨な姿が数々描かれている。

次は長男に読ませようと思い、彼の机の上に置く。

集団的自衛権についてした安倍さんのチープな例え話が頭をよぎる。
あのような話をチョイスし大真面目に語るあの感性に慄然としてしまう。

美しい国、と国家像を掲げた内閣総理大臣がするような話なのだろうか。
小泉さんがした米百俵の話の方がまだましだ。

国家を代表する者として例えば歴史を紐解くなどもっと見識の高い話をしてもらいたいと思うが、高望みにすぎるのだろう。


いたく気に入ったようで二男は毎回、再放送されるHEROを録画している。
その二男はいま遠く信州の地にある。

夕食後、リビングで長男とともにHEROを見る。

たまに友達と飲みに出かける以外は家族と過ごす。
用もないのに飲み屋街をうろつくようなことは子らが物心ついて以来なくなった。

テレビを見ながら、長男が言う。
検事って、儲かるん。

よくは知らないが、儲けるためにする仕事ではないだろう。
狭き門であって、なるのは難しく、仕事は困難に満ちいてるだろうが、それは報酬とは関係がない。

その狭き門は、半端な気持ちの者を除去するフィルターのような役割を果たしているのだろう。

誰でもなれるわけではないし、誰にでも務まる仕事ではない、だから誇りは持てるだろう。
それに、高度な専門能力を身に付けているのであるから、その気になれば、よほど才覚に欠ける場合を除いては、心境や環境に合わせ収入と労働時間を自分で決定し得る立場にあるとも言える。

稼ぎが必要になったり、はたまた、のんびり過ごす時間が必要になれば、それに合わせて弁護士に転身するなどして一丁やってみるかとその道を探ることができる、そういうことである。

働き方や手にする報酬に関して選択肢があって、主体的に選び取れる、というのが、仕事を考えるうえで、かなり重要な要素と言えるだろう。
今後の時代環境を見据えれば、それが一番重要かもしれない。


阪急交通社からメルマガが届く。

他の旅行社から配信されるメールには目にもくれないが、阪急のものであれば必ず目を通し家内に転送もする。

趣向に富んだ旅の企画が満載で、行ける訳ではないけれど、いつかはきっとと見ているだけで楽しい気分となってくる。

うなぎ屋の前で香ばしい匂いをかいで食べた気になるのと同じようなものである。

歳とれば仕事はほどほど、家内と旅行ばかりしてもいい。

そして、最後には子らの頼もしい後ろ姿を見届ける。
そう思えば、人生フルコースを満喫する旅の終点も満更ではなさそうだ。

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