KORANIKATARU

子らに語る時々日記

老後という区切り

奈良から西宮を経て大阪市内をまわり4時過ぎに事務所に帰還した。
今朝は4時から始動なのでちょうど12時間の活動で一休みだ。

帰途、荷台にベニヤ板積むトラックが前を走っていて、その荷が解けた。
本町通りからみなと通りに入り野田方面に向かう道路でのことだ。
手裏剣のように縦に横に旋回しながら何枚ものベニヤ板が乱舞する。
その光沢が材質の硬さを物語っている。

曲芸のようなハンドルさばきでかわしつつ、かすり傷一つ負わずそのトラックを見送った。
トラックはベニヤ板を花咲か爺さんみたいにまき散らしながら曽根崎通りへと右折していった。
交通量多い場所に向かうのであるから危険極まりない。
一波乱起こしたのではないだろうか。

クルマを車庫に停め、小腹埋めるため松屋に立ち寄る。
私の前を、大盛りの牛めしが3つ味噌汁が2つお盆に載せられ運ばれる。
つい視線つられ、その行く手をみた。
そこには小柄で痩身の青年が一人何の衒いもなく静かな面持ちで佇んでいた。

力士にするお供えのようなそのお盆は、青年の前に置かれた。
持って帰るといった風ではない。
彼は静かに食べ始めた。
どうやら3つとも食べるようだ。
一度に大盛り牛めしを3つ頼んで、しかし味噌汁3つは無理だから2つということなのか。
節度があるじゃないか。

君たちは信じないかもしれない。
ベニヤがゲリラの攻撃みたいに空を舞い、修行僧のような青年が牛めしを一気に3つも並べて食べ始めるなんて、そんなこと、ないない、あるわけないと。

しかし、こんなウソをついても仕方ない。
あちこちに出没しなければならない稼業である。
唯一無二で驚天動地な出来事が四六時中眼前を駆け巡っていると言っても過言ではない。
いや、ここまで言うとウソになる。
少し過言だ。

昼時、書類の受け渡しのため谷町筋のビジネス街でクルマを停め、しばし待ち時間を過ごした。
知った顔が横切る。
車内の私に気付かないようだ。
たいそう疲れ切った様子であたりを見回し、そのまま通り過ぎて行った。
初老と言っていい年齢だろう。

慌てて後を追いかけてその書類を受取った。
ほっと安堵したのかその瞬間だけ顔がほころぶ。
転職されたばかりだからお仕事たいへんみたいですね?と声をかける。
他に行くところがないので頑張るしかないのですよ、と言いつつ男性は私に向って深々頭を下げた。

続いて本町へ向かう。
ビルの前で書類を受けとる。
待っていてくれたのは新卒の若き青年だ。
「死ぬほど勉強して仕事頑張れよ」とつい馴れ馴れしく激励してしまった。

初々しいほどに新鮮な春の陽光差す正午、初老の男性の憔悴したような表情が目に焼き付いて離れない。

何の心配もなく、といったことは無理な相談だろうが、せめて朗らかナイスな気分で初老の時を迎えるにはどうすればいいのだろうか。
私自身、自営業の身であるから当然のこと先行きに何の保証もない。

断崖絶壁にしがみつくような切羽詰まった心情では過ごしたくない。
定職につかずバイトとなれば、時給千円あれば高給の部類だが、それだと一日8時間休みなく30日働いて24万円、これでやっと生活可能というレベルであろうか。

遮二無二仕事する必要もないくらいの蓄えがあって、しかしそれでも仕事したくて仕方ないので元気溌剌全力投球、結果、それほどお金に苦労することなく天寿まで健やか過ごせる。
そんな老後を迎えるためにはどうすればいいのだろう。

頭巡らせ、そしてすぐに答えが見つかる。
そもそも老後なんて区切りなど具体的な人生には存在しない。
今現在と、全部地続きで時間は繋がっている。
連続する今を生き続けた結果が老後と呼ばれるだけなのであって、結果を思い患っても結果には影響しない。
老後をどうこう、ではなく、見通しのきく今という時間幅をどう過ごすか、だけが考えるに値するのだ。

では何を考えるか。
少しでもマシな人間になれるよう、自らのヘボ具合を愛おしみつつジグザグ精進していくこと以外に何かあるだろうか。
その先に何が待っているか、そんなことは知る由もなし、ぼちぼち頑張るだけの話である。
何だかとても単純明快だ。

さあ、あと一仕事して、最近凝りに凝っている上方温泉の一休で湯に浸かって家に帰ろう。
肌にしっとり馴染む湯心地を堪能して明日に備える。
一休に通うようになってから銭湯には全く行かなくなった。
そう言えば、さっき松屋に行く道中、救急車が野田の銭湯に横付けになり隊員が男湯に突入していく場面に出くわした。
ご老人が多い町である。
様態の急変した高齢者の方がいたのだろう。

いまふと思う。
いつか私の身に降りかかることなのかもしれない。
おれはまだまだ若い、さあ、今宵も風呂に入って夜風を肴に一杯やろう。
そのように意気軒高としたまま、風呂で急変する。
どこかで見たよなと既視感を覚えつつ。
そんな感じのお迎えなら悪くない。