KORANIKATARU

子らに語る時々日記

やらねば、やられる

このところはジムで走りながらボクシングを見る。

YouTubeで検索すればペイ・パー・ビューの対象となったようなプレミアムな試合をその場で視聴できる。

 

世界最強の者らが拳を交える。

どちらが強いのか。

トラとライオンが戦うようなもの。

 

画面に釘付けになって手に汗握って、走るピッチもおのずとあがっていく。

1ラウンド3分が結構長いのだと体感しつつもあっと言う間に時間が過ぎる。

 

エクササイズにこれほど効果的な映像はないだろう。

それだけでなく、日頃の闘志の水位を上げるのにも最適だ。

 

わたしは書類屋。

リングで死闘繰り広げるファイターの対極に位置するような職業であるが、ファイターの世界にこそ本質があるのであって、すべてに渡って参照できる。

 

やらねば、やられる。

リングに存在するのはそのワンフレーズだけである。

いつやるの、いまでしょ、よりも遥かに過酷激烈。

 

今日、月曜日。

ゴングとともに仕事が襲い掛かってくる。

 

上下左右、雨あられのようにハンマー級のパンチが振り下ろされてくるようなものである。

 

その一打一打に的確に対応し、こちらからもパンチを繰り出す。

やらねば、やられる。

防戦一方では一日は終わらない。

 

世間見渡せば月曜のゴングが鳴ろうとするだけで卒倒する者もあるのだろう。

しかしそうなると家族も路頭に迷うことになる。

 

誰もがファイターとなって、蝶のように舞い蜂のように刺さねばならない。

パンチ喰らって倒れても立ち上がり、ファイティングポーズを取ってまた立ち向かっていく。

 

野次なのか声援なのか区別つかない喧騒のなか、必死のパッチ、1ラウンド1ラウンドを持ちこたえ切り抜けていく。

 

実はそうやってわたしたちは一日一日を生き延びている。

そんなシンプルな本質に、ボクシングが気づかせてくれる。

 

今日も最後まで戦い抜いた。

家では女房が食事を作って待っている。

勝利の美酒まであとほんの一息だ。

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Women boxing on a roof in the 1930s.