KORANIKATARU

子らに語る時々日記

子らを運んでいつの間にやら十数年

駅は人で押し合いへし合い道は車でごった返す年の瀬の天王寺を後にし事務所に戻って残務を片付け晴れて週末。

遅い時間であったので馳走に寄ってひとり夕飯を済ませた。

 

週末はどこへ出かけようか。

そんなことを思いつつの帰途は楽しく気分がいい。

 

家に戻って風呂をあがる。

と、下の息子がそこにいて、宿題を一気に片付けるので明日はよろしくと頼まれた。

 

このようにして土曜早朝、二男を乗せて事務所に向かうことになった。

80年代のUKロックを聴きながらまだ暗い道を進む。

 

独立開業は中学受験の時期と被らない方がいいよ。

さる若手事業主が、独立を視野に入れて働く後輩に向け言った言葉をふと思い出す。

 

中学受験を経た父なら誰もが同意するだろう。

片手間で切り抜けられるような生易しさの戦いではなかった。

 

息子の横顔を見つつ回想する。

上の子のときも下の子のときも同様。

このようにクルマに乗せて動くのはあの頃当然のことだった。

 

オキシトシン、というのだろうか。

どうやら子のことになるとそんなホルモンが脳内に満ちるようである。

だから苦であるどころか喜びという部類に入る。

 

家内もきっと同じはず。

授かった二つの個性がいつまでたっても親バカには目に眩しくて、踏み石になることでさえ幸福。

 

ある種の中毒とも言えるのかもしれないが、そう天にセットされているようなものであるから逆らうことでもないのだろう。

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Charbonnier sur les Grands Boulevards, Paris 1933