KORANIKATARU

子らに語る時々日記

幸福の相対性理論

雨が降り止まないので電車ではなくクルマで向かった。

ちょうど正午。

約束の時間どおり先様の事業所に到着した。

 

玄関先で待ち構えていた事業主さんのクルマに乗り換える。

連れられたのが南巽にあるお好み焼き屋『来夢羅』。

 

上品な佇まいであり下町のお好み焼き屋とは思えない。

山芋ロール、ミックス焼きそば、ミックスモダン焼きがまずはおすすめ処であるようで、一通り食べることになった。

 

お好み焼きを食べるのは久しぶりのことだった。

一口食べて感じ入った。

思わず感嘆の声が出るような美味しさであった。

 

これほど何かを美味しいと思ったことは数十年前に一度だけ。

 

わたしが小6で弟が小5のときのこと。

久々に兄弟揃って祖母を訪ねた。

小さな頃は足繁く通っていたのが高学年にもなると足が遠のいていた。

おそらくそのときは何か入り用があって小遣い目当てで足を運んだのだと思う。

 

祖母は来訪を大いに喜びわたしたち二人をお好み焼き屋に連れて行ってくれた。

それが北巽にある一福であった。

 

そばロール大とモダン焼き2枚を兄弟で分け合った。

心弾むような美味しさであり何度も二人で顔を見合わせた。

その瞬間瞬間が兄弟共有の忘れ難い感動体験となった。

一福、やばい。

わたしたちがいまどきの少年であればそのように言い合ったに違いない。

 

粉もんのメッカとも言える下町で育ったせいで幾つになっても最高美味はお好み焼きなのだろう。

 

美味しいものを食べると時間が深まって打ち解ける。

事業主さんを前に旧知の仲と過ごすかのようにわたしはくつろいで『来夢羅』のお好み焼きを堪能した。

 

業務を終えると夕刻。

雨はあらかたあがっていた。

 

クルマ走らせ事務所に戻って帰り支度し、前夜同様CoCo壱番屋で夕飯済ませ浜田温泉に寄ってから帰宅した。

 

この夜も食卓はすき焼き。

ちょうど長男が食べているところで、このあと風呂上がりの二男が加わるようだ。

 

陣中見舞として28期松井教授から黒毛和牛が届き、それを食べ終えるや日をおかず33期ドクター・オクトパスからも黒毛和牛が届いた。

 

うちの子熊ちゃんたちは本当に恵まれている。

美味しいものが食卓に並び続ける。

これほど幸せなことはないだろう。

 

と、しみじみ感謝の念にひたって、先日お目にかかった事業主夫妻の話を思い出す。

 

事業主夫妻の娘二人はすでに嫁ぎ済みだが、かねてから親は娘らに言い聞かせていたという。

嫁ぎ先がどのようであろうと姉妹二人は必ず互い助け合って喜びも苦しみもシェアしなければならない。

張り合ったり僻んだりといったことなどゆめゆめあってはならない。

 

幸いなこと、蓋を開けてみれば姉妹ともに嫁ぎ先は世の天辺レベルの富裕者であったので、親の心配は杞憂に終わった。

 

前夜同様自室で炭酸水をごくりと飲んで、その話を我が身に引き寄せて考えてみる。

 

わたし自身は人と比べてどう、という気持ちがほとんどない。

 

ちっぽけな職業者に過ぎなくても日々の仕事に手応えと喜びを覚えるし、将来の展望に少しくらいはわくわくするものを感じる。

 

それにこの日散髪したての息子二人が男前に見え、相変わらずカラダ頑丈でいつにもまして食欲旺盛で肉をがっついていれば、それだけで満たされる。

 

言うことなしである。

 

が、視点を変えて女性的な比較目線であればどう映るのだろうと想像してみる。

特に家内の周辺はその身内からして皆が富裕であるから、おのずとその視点の勾配は急となるだろう。

 

物差し違えば、世界の見え方は様変わりする。

ハイライトを横に置けば巨大でも、甲子園球場何個分という世界になればゼロになる、といったようなことである。

 

比較はミサイルのごとく自画像を木っ端微塵に粉砕し、己の卑小と欠乏を目の当たりにさせる。

 

下町のぱっとしない家で育った夫は吹けば飛ぶような零細業者であり明日をも知れぬ身でかつ愚鈍で貧相、稼ぎは雀の涙で見栄えは最悪。

子らも自助努力しないことには将来片時も安心できない。

つまり下手すれば親子で同じことの繰り返しとなる可能性が濃厚。

華やかさや洗練とは無縁であり、優雅の正反対、必死のパッチ。

 

一言にすれば、幸福の相対性理論。

宇宙速度で涯まで遊泳するみたいに幸福、それがわたしの主観であるが、観測者が異なれば、それがたちまち岩屋の山椒魚となって、どう足掻いても閉塞のなかで沈みゆくばかり、幸福どころの話ではないということになる。

 

視点を変えてみてはじめて家内の気持ちが少し分かるような気がした。

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Roger Mayne Snowballs East End, 1955.