1
九州を直撃し数々の被害をもたらした台風15号は関西を遠くにかすめて通り過ぎていった。
大阪では昼過ぎから風が強くなり、時折雨が降る程度、雨脚が強くなったのは夕刻過ぎ一時のことであった。
午後2時頃、生暖かな風が渦巻くなか、私は京橋駅へと向かって歩いていた。
空は分厚い雲に覆われてはいるものの明るく雨に見舞われる気配はなかった。
事務所に戻るまでは持つだろうと思われた。
が、やはり天気は予断を許さない。
突如大粒の雨が降り始め、たちまち本降りとなった。
まさか、という思いで動揺しつつ、駅までの到達手段を瞬時に考え、意を決し私は走り始めた。
双子台風16号が迫っている。
にわか雨に過ぎないと気を許す訳にはいかない。
雨脚は強さを増していくに違いなかった。
びしょ濡れは覚悟であった。
雨に祟られても構わないような格好でもあった。
周囲の歩行者も慌てふためいている。
騒動に巻き込まれたような中、私は走った。
そして、私は気づく。
走りつつ荷物を持ち替えようとしたときだった。
私は右手に傘を握りしめていたのだ。
雨が降るかもしれませんとツバメ君に言われ、私は傘を持参し外出していたのだった。
つまり私は傘を刀みたいに携えお侍さんのようにであえっであえっと走っていたことになる。
歩をゆるめ立ち止まり、私はやおら悠然と傘を差す。
周囲見渡し余裕の微笑を浮かべ、ゆるりゆるりと駅へとモンロー・ウォーク。
ところがどっこい、あら不思議、数歩進んだところで雨は止んでしまった。
やはり天気は人知の向こう側。
2
夜は大雨になるとの予報であった。
小雨のうちに事務所を引き上げることにする。
久々にFMココロでマーキーを聴きながら二号線を走る。
このところゲストとくっちゃべる時間が長すぎてつまらない。
自宅に到着しいつものとおり駐車スペースにクルマを停めシャターを下ろす。
その瞬間、下へと降りるシャッターが天の栓でも抜いたのか、バケツひっくり返したような大雨となった。
路面もクルマもけたたましい音で雨に打たれる。
私は車内に身を潜める。
フロントガラスが粘度ある液体の層に覆われたかのようになって視界がゆがむ。
眼前の景色の輪郭がおぼろとなっていくその様は、まるで絵の具が溶けて流れ出したみたいであり、脳の補正も効かないありのままの世界がそこに現れ出たのかというような不思議な感慨にとらわれる。
運転席に座ったまま買ってあったサンドイッチにぱくつきビールを飲んで、普段見えないものが見えてきそうなその世界にしばらく留まる。
3
雨が上がってしばらく後、二男が帰ってきた。
門を開け玄関まで歩く二男の右側に私はいる。
しかし、間にもう一台クルマが停まっているのでそれが目隠しとなり二男は私に気づかない。
二男が帰宅し少し経ってから、私もようやく帰宅する。
風呂は済ませてあり、食事もクルマで済ませた。
疲れもあって一階の和室ですぐに横になる。
窓を開けると裏庭の緑の匂いが部屋に入り込んできて清々しい。
その香りに癒やされつつあまりに早すぎる時間、静けさを枕に私は安らか眠りについた。