こんなに冷え込んだ日は記憶にない。
老人が多い地域だからだろうか、役所のクルマが低温について注意を促しながら町を巡回している。
懐の温かみを逃さぬようコートの前を閉じ、マフラーをしっかり巻き直す。
そう言えば、と母のことを思い出す。
身につけるものすべてが質素で、いたって地味な身なりで一貫しているわたしの母は、どんなに嬉しいことがあっても、自慢の類を一切しない。
幸せは、口に出した瞬間に逃げていく。
そう祖母に教えられ、自身が祖母の年齢に近づく今もその教えを守り通している。
そんな信条の母であるから、友人らで集まれば、もっぱら話の聞き役に回ることになる。
心ある聞き役の周囲に人は絶えない。
母と話せば誰もが表情いきいき饒舌になる。
母はそれが嬉しくて更に聞き役に徹することになる。
ますます人が寄ってくる、つまりは好循環。
世には好循環の要になるような人がいる。
皆に好かれて、そこに人の輪ができる。
なかは温かみに満ちている。