KORANIKATARU

子らに語る時々日記

凍土の地を常夏化する心がけ1


始発電車で顔を合わせるメンバーは大体固定している。
その中に一人、とても偉そうな雰囲気のおじさんがいる。
金縁の眼鏡でやたら胸を張って、座席では大股をひろげ座る。
険しい表情であたりを威嚇するように睥睨する。

その睥睨が照らす支配下で過ごすのであるが、偉そうな雰囲気のおじさんというのはそこにいるだけで不快なものだ。

会社ではそこそこ偉い立場のおじさんだろう。
しかし身につけている品々から判断するに栄華誇るほどではない。

不快な程に威圧的であるけれど、もしかしたら故あってのことなのかもしれないという考えが一瞬浮かぶ。

職場において最高レベルでの緊張状態を維持顕示しなければならない、という役柄だと考えることはできないだろうか。

始発に乗る時点から「ヨロイカブト」を装着し、おっちゃんは役になり切りスイッチオンの状態となる。

自らを鼓舞し、腹に力を込めぐんぐん気合を高めていく。
いつでも闘える。

そのように考えれば、見上げたおじさんであり、見習うべきところ大である。
もちろん、大股ひろげや胸をせり出す姿勢や睨みつけるような目つきはみっともないからマネしてはいけないけれど。


奥様が買い物する間、スーパーの前に路駐しクルマで待つご主人がいて、往来の妨げになると一人の通り掛かりの若者が運転席に座るそのご主人に苦情を言った。
するとそのご主人「嫁が買い物してるのを待ってるだけやろ」と威勢良く飛び出して来た。

背が小さくちんちくりんで奥様が選んだのだろう赤いボーダーの可愛いポロシャツを着ているが膨張色を着てさえその痩せぎすさは隠せない。

しかし、どこからどうみても虚弱脆弱そうなこのおじさん、自分の何倍もの背丈恰幅の若者に対して怯まない。
しかも、どこからどうみても、そのおっちゃんに非があるにもかかわらずだ。

それで面白そうなので、口出ししてみた。
「その赤いシャツ、可愛いなおっちゃん」

するとおじさん、プンプン烈火の如く怒り始め、この私に詰め寄って来た。
まるで上司が部下を威圧するように、このわしを誰だと思ってるのだ、といった調子で。

「おっちゃん、そんな可愛いシャツで怒っても怖ないし」
さらにおっちゃんは激するが、こちらが一歩二歩進み出るとまくし立てながらも後退し、しかしそこに先ほどの若者が待ち受けていて、「これはボクの喧嘩なので」、と赤シャツをつかもうとした。

「おっちゃんママに謝ってもらい、ママどこや」と言い残し駅へ向かった。
ころす、だのなんだのおっちゃんの叫び声が聞こえた。

正義感の強そうな若者なのでおっちゃんに手出しなどはしないはずだ。
しかし何と世話の焼けるおっちゃんだろう。
赤いシャツを買い与える前に、会社限定の虚構の権勢など何の役にも立たないとママが教えてあげなければならない話だろう。

もしその赤いおっちゃんが会社とは似ても似つかない世界に属する人であるならただでは済まぬ話かもしれないが、いきなり声荒げる時点で思慮の浅い戦闘音痴だとお里丸出しであったのでただただお気の毒なだけであった。
しかもシャツが可愛い。

ホンマものであれば一介の若者など近づけやしない。
万一近づいて何か言ったとしても震え上がる程に丁寧な反応され瞬時相手のペースへと引き込まれることになったであろう。
その後は相手の腹次第という結末となる。

3
家の玉座で寝そべりTSUTAYAで借りた「シルミド」を観る。
1970年代はじめ、死刑囚らを選抜し金日成を暗殺するため精鋭部隊が韓国で結集された。
数年間にも及ぶ過酷な訓練の末、計画決行に動き始めた直後、中止命令が下される。

時の政権において南北融和政策が採られ、彼ら部隊は不要となった。
その存在自体を「なかった」ものとして、部隊全員の抹殺命令が下される。

映画のラスト、部隊は直談判しようと大統領官邸へ向かうが、遂には軍隊に包囲され一斉攻撃を受ける。

名を奪われ、存在を否定された者たちが、激しい銃撃を受け血を流し、自らの血でバスの壁面に名を刻む。

何かを書く、残すということの本質を映像によって鮮烈に見せつけられたような気がした。

つづく