この日は昼から忘年会の予定が入っていた。
連日外食が続く。
せめて運動だけはしておこうと、午前中、ジムで汗を流した。
ジムから事務所へ戻ろうと信号待ちしていると、後ろから話しかけられた。
上の階の会社のおじさんであった。
ネクタイをしコンビニの弁当を手に提げている。
土曜も仕事のようである。
新しい事務の方をお雇いになったのですか。
そう聞かれるが何の話か分からず、わたしはあいまいに首をかしげた。
おじさんによれば30代くらいの若い女性がうちの事務所の鍵を開け中に入っていくのを見かけたという。
キレイな女性だったとのことである。
鍵を持っているとすればうちの家内以外にあり得ない。
ヨガで鍛え食事にも気をつけているから知らない人から見ると30代に映るのかもしれない。
信号が青に変わって歩き出し、わたしは答えた。
それはうちの家内ですよ。
そうなんですか、とおじさんは大いに驚いた。
そして別れるまでおよそ50メートルを歩く間も、えっそうなんですかとおじさんは何度も驚いた。
さっと着替えを済ませ、事務所を後にし地下鉄に乗った。
行き先はミナミ。
昼は焼肉屋を貸し切っての忘年会であった。
開宴間際に到着し、中に入るとすでに参加者で席が埋まっていた。
従業員の家族も招いての忘年会であるようで見慣れぬ顔が多く子どもの姿も大勢見えた。
幹部の方々に挨拶し空いた席に腰掛ける。
前にはずらりと子どもが並ぶ。
ちびっ子たちは身を固くするようにわたしを見るので、警戒心を解くようわたしはニコリと笑ってみせたが、ますますその身は固くなったかもしれなかった。
どうあれ子どもたちは可愛い。
わたしは焼肉奉行を買って出て、時折、隣席の方と言葉を交わし、ほとんどは子どもたちに話しかけ、うちの子らにするみたいに、食べろ、食べろ、もっと食べろと、絶え間なく肉を焼いて、じゃんじゃん追加で肉を注文した。
余った分だけわたしは口に運んで、子どもたちはお酌をしてこないので飲む分量も抑えることができた。
二次会では吉本の公演を見るそうで子どもたちはお笑いの話で盛り上がっていた。
M-1グランプリについて聞いてみると、中学生たちは和牛、小学生たちはジャルジャルが面白かったと意見が分かれた。
いずれにせよ、日本のエンターテイメントにおいて最もレベルが高いのはお笑いであろう。
芸能界広しと言えど、能力をもって競い合い過酷な選別が為されるジャンルは多くない。
優劣を問われ続け、そこを這い上がり勝ち抜いた者らが浴びる拍手喝采は、真の力への絶賛と言えるから、お笑いの者らの地位はもっと高くていいはずだ。
そう子どもたちに熱弁奮ったが、彼らは肉に夢中でただ聞き流していただけだった。
賑やか一次会は二時間ほどでお開きとなった。
一行は笑いの殿堂なんばグランド花月に向かってそぞろ歩き、わたしはその場を辞した。
子どもたちが大笑いする顔が浮かんで、それだけでとても楽しい気持ちになれた。
その余韻にひたりつつわたしはサウナに向かい、夜、別の場所で行われる忘年会の場に備えた。