KORANIKATARU

子らに語る時々日記

幸せ前夜

遠く向こうに見えたのは三連休のはずだった。

が、結局は砂漠の逃げ水のようなものでしかなかった。

 

初日も二日目も仕事で潰えた。

 

日常のあらかたは仕事色に染まっていて、それが標準仕様。

だから世間で言うところの休日が仕事に塗り替わってもどうってことはない。

 

好天に恵まれた絶好の行楽日和であろうが何であろうがたんたんと自らの仕事の日常を過ごすだけのことである。

ほんの少しそこに休日気分が混ざるからむしろその分気楽なものであり、白飯にふりかけがかかったような時間と言えて味がある。

 

昨晩はいつもどおり仕事を終えてジムに寄ってから家内と夕飯。

白ワインで乾杯し鍋を囲んだ。

 

子らは留守。

いつの間にか家は子らがいる場所というよりも、子らが帰ってくる場所という空間になりつつある。

彼らも年頃。

独自の居場所が形成されていくのが当たり前であり、家で引きこもっているより外で友人らと過ごしている方が健全と言えてそれはそれで喜ばしいことである。

 

今夜は家内の二万語にひとり耳傾ける家での夕食となりそうだ。

家内は食事を用意し、わたしはお酒を用意する。

今夜は白のスパークリングでも買って帰ろうと思う。

 

そして、明日は日曜日。

いまのところ、仕事の予定はない。

 

いわゆる三連休の最終日、ようやく仕事色抜きの時間を持つことが叶いそうである。

仕事が日常であっても、長く続けるためにはやはり安息日が必要だ。

 

仕事の時間はいわば自分以外に向け捧げる時間と言える。

休日は自分に還って自分色でのみ過ごすことが許される。

追われることなく、誰はばかることもない。

 

さあ、明日。

家内とは時間が合わないようなので、朝から晩まで映画みて過ごそうと思う。

思っただけで、にやけてしまう。

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A Few Seconds Before Happiness, 1955