1
ちょうど一年前、自分でメガネを選んだ。
失敗であった。
家内だけでなく子らにも、また親しい事業主にもプッと笑ってダメ出しされた。
自分でも似合っていないとはっきり分かる。
メガネを試着する際、近眼なので、よく見えない。
これが敗因であった。
しかし、それでめげてしょげてメソメソとメガネを選び直そうといった自意識など枯れて久しい。
勿体無いことするくらいなら、格好悪いほうが数倍マシだ。
第一、似合うメガネをしていたからといって、書類処理の進捗が三倍増になるわけでもなく、行き過ぎる見目麗しの女子らの目が私に釘付けになるわけでもない。
座して買い替え時期の到来を待つだけのことである。
2
しかし、今後このようなことはない方がいい。
それで、身に付けるものを買うときは必ず家内にお出まし願うことになる。
昨日は付き添ってもらって、ズボンと靴を買った。
私だけなら試着してサイズが合えばその瞬間に即断即決。
ところが家内がいると、あれもこれもと、もういいではないかいうくらいに最適解を追求することになる。
狭い試着室で身を縮め、一生分のズボンは穿いたよもう帰ろう、と参ってしまうほどに繰り返し穿く。
やがては、脱いでばかりいる自らに焦点が移り、何やら恥辱のようなものすら覚えるほどになる。
ようやくのこと、シルエットも感じ良くカラダにフィットし肌ざわりもいいズボンと出合えた。
色違いで買って、そして靴も同様、良き巡り合いのため履いては脱いでを繰り返す。
金曜午後、仕事の合間をそのように過ごし、仕事よりも激しく疲労することになった。
3
仕事を早く切り上げ帰途につく。
野田商店街きっての名店「たこや」で取り置きしてもらっていた刺身二盛を受け取って家へと急ぐ。
家内のリクエストに従い赤ワインを開け、試験勉強中の二男を呼んで夕飯を始める。
今夜、長男の帰りは遅い。
9月に二男のクラスの保護者懇親会がある。
その案内文を書くよう言われたので先日作って渡してあった。
しかし内容についてどなたかのママからダメ出しがあったようだ。
そう家内に告げられる。
平然を装おうがショックであった。
牛丼一筋八十年の吉野家には及ばないにしても、私自身、書類稼業続けて十数年である。
どれどれ何がいけなかったのかと聞けば、ありふれたような公文書ルールでの手直しと後はどちらでも構わないような言葉の言い換えの補正指示であった。
公文書ルールなど百も承知しているが、言葉ヅラや文字ヅラの美感で言えば、それがいつだって好ましいものだと私は全く思わない。
内輪の案内文でそれに準拠するのであれば、やや窮屈な体裁主義に思えてしまう。
それに、置き換えを求められた言葉遣いにしても、文を良く読む人なら、なるほどここにひとひねりと感づくよう意図した「字余り字足らず」の型崩しであったので、同じ言葉を何度も使う平板への書き換えは私からすれば、文章の退行でしかなくあまり気が進まない。
しかし、駄々をこねても仕方がない。
誰が書いても同じになるような、つまりは面白くとも何ともない作業レベル、無骨で無表情な文章にその場で書き換え再送した。
次からはそこらのものをコピペして使えば済む。
それが最も目に障らず、円滑円満なやり方と言えるだろう。
今日の焼きそば弁当は友人らに絶賛されたと二男が言う。
肉巻きおにぎりの日はいつになる、と催促する友人もいるらしい。
子らが弁当を囲んで楽しげに食事する光景が目に浮かぶ。
そのような話を耳にするうち、少しは謙虚な気持ちとなってくる。
個を消し去ってこそ万全の仕上がりと言える書面もある。
ほとんどが初対面であれば、できるだけ定型に徹し、違和感生じる要素を極小にするのが肝心要でほとんど唯一の留意点と言えなくもない。
書類屋の慢心を諌められたようなものである。
ちょいと出たいたずら小僧の尻尾を引っ込めるよう指示してくれてありがとうというものだ。
素直に自らの学びとしなければならない。
4
2015年、星光33期の夏会は今日この日。
例年より早い時期での開催となる。
今年の主題は「柴田先生ありがとう」。
各地、方々から33期が集まり、まもなく傘寿となられる先生をお迎えする。
皆の献身的な尽力があって会の開催にこぎつけることができた。
みんな百点満点、深く深く感謝である。
章夫が名簿を作り、プレジデント・グリが会場の手配をし、タコちゃんが司会進行を担ってくれる。
乾杯の音頭はハザマであるだろうし、締めは東京から駆けつけるソウの一声によることになるだろう。
アメリカからキヨシがやってきて、神戸方面からはタローにアベ、京都方面からは八木、そしてもちろんオーアサも駆けつける。
イナダの参加は何年ぶりだろう。
その他、常連含めて、今年は例年以上の集まりとなる大盛況。
やむなく欠席となる仲間からもすでにたくさんの言葉を預かっている。
午後3時、柴田先生による新校舎見学ツアーから会がスタートとなる。
33期の子供たちも何人かが校舎見学に参加する。
永く心に残る、良き日が始まる。