ネットで配信されたBBCのニュースが目を引いた。
英王立公衆衛生協会による調査結果が報じられていて、SNSのうちインスタが若者の心に最も悪影響を及ぼしていることが分かったのだという。
不安感、孤独感、劣等感といったネガティブな感情を惹起する負の影響が他のSNSに比べインスタにおいて顕著であったというが、野次馬としてインスタを目にする者として納得のいく話である。
遡ること約30年前。
当時はバブル。
雑誌が読まれ、大勢がテレビを見ていた時代だった。
いま思えばギャグでしかないような振る舞いや在り方がメディアによって作り上げられ世に行き渡った。
情報に対する抵抗力の弱い若者は受け身で為されるがまま真に受けて、それらがスタンダードであるかのように思い込まされた。
クルマもなくお金もない非力で貧乏な若者は、どことなく惨めであり、劣等感をうっすら抱くような意識状態をメディアによってチューニングされていたようなものであったと言えるだろう。
振り返って冷静に見れば、ごく普通の若者が自らをつい蔑んでしまうなど奇怪な話であって、煽って焚き付ける風潮の方こそがおかしいのだと明白に分かるが、渦中にあるとそれが見えにくくなる。
自我の首のまだ座らぬ若者であれば、メディアの影響を被っても責められない。
そして、いま。
今度は雑誌やテレビではなく個人個人が発信手段を得て、我が世の春とでもいったようにさあミテミテと虚飾や虚像を垂れ流す時代となった。
カラオケでマイク握って放さぬような下品さで発信者は盛って飾ってこぶしきかせてイケてる写真をアップする。
内心は呆れつつも閲覧のエチケットとして観衆は、いいねいいねと乾いた拍手を送るが、気を良くした発信者の振り付けは更に一層エスカレートしていく。
自我の首のまだ座らぬ若者は、人間の哀しいサガについてまだ全容を知らない。
だから発信者に巣食うのであろう経済的なコンプレックスや、学歴や出自、または容姿や愛情にまつわるコンプレックスがエンジンとなって、過剰に盛って飾って自己承認を求めているのかもしれないという病理的なメカニズムについてまで思い至ることができない。
それでうっかりそれら虚像まがいのものをスタンダードなのだと信じ込み、彼我を比べて傷つき落ち込むということになる。
そうなっても、若者を責めることはできないだろう。
発信者の側を諌めてもどこ吹く風となるだけのこと。
なにしろ承認得るのが生きるよすが。
誰にも迷惑をかけていないと居直られるのがオチである。
若者らは知っておくべきだろう。
「誰にも迷惑をかけていない」という言葉は、援交女子や何らかの依存症を病む者の常套句である。
それら訳ありの者の言葉を額面通り受け止めても意味がない。
表面に見えるものを鵜呑みにせず、その背後にあるものを見ようとすること。
そう習慣づけることで自らを守ることができる。
情報が好き勝手氾濫する時代において、不可欠の心得と言えるだろう。