時刻は午後5時。
雨が降り始めたと思ったら一気に土砂降りとなった。
ネットを見ると、ちょうど大阪市に大雨警報が発令されたところだった。
わたしは阪神電車のなか。
車窓の向こうに見える雨ざらしの風景が、雨滴で滲んで正体不明の抽象画のようなものへと変貌していった。
野田阪神の駅で降り構内の薬局で傘を買い求めた。
典型的な夏のにわか雨だったようだ。
みるみる雨脚は弱まり、傘の存在価値は急速に薄れていった。
勿体ないので傘を差し往来に出た。
まさに文字通り暗雲が立ち込めていて、夏の夕方にしては暗い。
だから身体はいまを晩秋の頃と錯覚した。
明暗の暗が遥かにまさるまるで11月の夕暮れ。
ひんやりとした秋の空気が身体を覆ったかのようであり、蒸し暑さがやわらいだ。
真夏にチラと顔をのぞかせた秋を堪能しつつ福島郵便局裏にある銭湯に向かう。
ひと風呂浴びて事務所で着替え次の目的地は住吉元町。
午後7時、待ち合わせまで間があったので駅ビル4階のジュンク堂で時間を潰した。
本屋の棚をみればその地の知的レベルが如実に分かる。
関心惹くような外国文学の書が豊富に取り揃えられ、その棚の前に立ちわたしは夢想した。
遠い世界の物語に引き込まれそこに浸って、それで暮らしが滞らない時間長者。
本が放つ香りにしばし恍惚となって、しばらく後、現実に引き戻された。
いま1ページ読むのもままならない日々である。
1冊読むことすら夢のような話であるから、本棚と戯れるなど夢のまた夢。
本屋に背を向け待ち合わせ場所である改札に向かう。
改札を見据えて10分。
安本先生が現れた。
この夜の夕飯は男二人で焼肉もと牛。
今月7日にオープンしたばかりの店である。
照明から調度からすべて落ち着いた雰囲気で、語り合うのに適している。
安本先生を前にするといつも思う。
この安心感は何だろう。
やすもと内科クリニックの面接を受けた人がみな安本先生と一緒に働きたいと思うようになるのも頷ける。
面と向かった瞬間、ふんわり優しい空気に包まれて、大事にしてもらえるという確信が生まれ心地よく、だからついていきたいという気持ちになるのだろう。
一通りの肉を食べつつ、最近はアスリートのためのドーピングガイドを熟読しているという話を伺った。
クスリの処方がアスリートの人生を狂わせかねないから診察する医者の責任は重大である。
このこと一つとっても、実に頼りになる町医者と言っていい。
開院してまだ2年。
宝塚市民にとって、やすもと内科クリニックの存在は、時を追うごと重要度を増していくに違いない。
食事を終え二人並んで歩いて駅に向かう。
駅下に人工の池があるのに気づいた。
なかを覗き込むと十匹ほどの鯉が水底でじっとしている。
眠っているのだろう。
その様子を見つめて思う。
違う土地なら鯉がすやすや眠るなどあり得ない。
やんちゃくれ多い下町であれば、鯉は誰か不心得者にもてあそばれ戦々恐々を余儀なくされることになるはずだ。
環境というものがどれだけ大事か。
静か眠る鯉たちが雄弁に語っているように見えた。