家内を乗せて市内に向かった。
実家界隈を一緒に歩き、下町の路地にある喫茶店に入った。
うちの母が行きつけだった店であり、家内も何度か連れられた。
日曜の朝。
喫茶ストーリーは地元のおばさんらで賑わっていた。
家内から聞いていたとおり、まさに高齢者の憩いの場だった。
ホットコーヒーを2つ頼み、わたしたちは入口付近の下座に向かい合って座った。
まもなく店のママがコーヒーを運んでわたしたちのテーブルにやってきた。
コーヒーを置くママさんにわたしは母のことを話し、その息子であることを伝えた。
ママさんはその姿勢のまま目を丸くして息を呑み、わたしに返答するより先、店内のおばさんらにその旨を告げた。
一同がわたしたちを注視して、数人のおばさんらがわたしたちの方ににじり寄ってきた。
そこから一方的におばさんらの話が始まって、わたしたちはただただ頷き耳を傾けた。
今朝もみなで泣いていたこと、ほんとうにいい人だったこと、そんな話がどんどん掘り下げられて、一緒に行ったバス旅行やカラオケや食事会の模様などが微細に語られ、話は永遠に尽きないように思えた。
カラオケの十八番が『鳥取砂丘』であったことなど、母についてはじめて知る情報が多々あった。
わたしが知らない母の一面を垣間見て、分かったのは母が幸せだったということだった。
母の仲間に心から感謝するような気持ちになった。
一度の訪問では時間が足りない。
尽きない話の続きは次の機会に譲ることとし、わたしたちは喫茶店を後にした。
続いて、母がよく通ったという服屋に寄った。
そこでも、息を呑み目を丸くされ、そして、いろいろな話を聞くことができた。
他にあと3人。
とても親しくしていたおばさんがいると知った。
拾い上げねばそのまま失われてしまう話が幾つも残っている。
それらを求め、わたしたちはあと何度かこの下町を行脚することになる。