KORANIKATARU

子らに語る時々日記

これもひとつの副反応

朝10時、家内とともに二回目の接種を受け終えた。

当初からこの日の昼に予定があった。

帰宅し着替えて、わたしたちは三宮に向かった。


副反応に備えわたしはロキソニンを携え、家内はカロナールをかばんに忍ばせた。


昼12時に一斉スタートとのことであるから遅刻は厳禁。

予定より10分も早く現地についた。


すでに待ち客があって、おばさんらが代わる代わる写真を撮り合っていた。

少し離れた場所に日陰を求め家内と二人、時が過ぎるのを待った。


12時ジャスト、ようやく開店となりわたしたちは北野坂木下のカウンター席に腰掛けた。

昨年オープンしたばかりですでに予約困難となった人気店である。


家内が早くから目をつけていて、この日の席を確保していたのだった。


触れ込み通り、料理は出だしから素晴らしかった。

冷スープのスプーンまで冷え冷え。

暑さで少しのぼせていたからその冷たさがとても快く感じられた。


かに、うに、いか、うなぎ、トリュフのパスタにシャトーブリアン、鴨の風味も豊かなリゾット。

すべてに息を呑んだ。


細部に至るまで手抜きがなく、こだわりという語では済まされない執念といったものが端正な料理の端々に感じられた。


感嘆を隠せず、わたしたちは何度もその卓越を褒めちぎった。

これが映画ならスタンディングオベーションするような話だろう。


予約が取れるうちにと思い、申し出ると夜は1月まで満杯とのこと。

幸い昼に空きがあった。

次回は10月。

10月には緒乃の席も確保してあるから、言わば巨匠巡り。

願ってもないような食欲の秋が到来することになる。


北野坂木下はちょうど8席。

安本会にもうってつけと言えた。

コロナ禍が明け、安本会が再開の折りには是非候補として推薦したい。

皆が皆、大いに喜ぶこと請け合いである。


店を出ると外は相変わらずかんかん照りの夏だった。


北野から元町へと歩きながら、家内にあらためて感謝を述べた。

いい店の予約をありがとう。


途中、浜学園があって、家内が思い出を語った。

その昔、長男を連れ、慕う先生に元町校まで面談に訪れたことがあった。

いろいろ大変だったと家内が過去を懐かしんだ。


そう言えば、ことあるごとに家内は足を運んだ。

愚図愚図考えるくらいなら相談する。

それが家内のやり方だった。


子らが中学受験を終えた後も、その姿勢は変わらなかった。


やはり、母という存在は受験に不可欠。

この援軍の有無が戦況に及ぼす影響は計り知れず、うまくすれば追い風となり、下手すれば母親の存在が致命的なハンデにもなりかねない。

 

労を厭わず的確に動く。

そんな素養が欠かせない。

だから努力と無縁なクルクルパーは伴侶に不向き。

子らにはそう断言していいだろう。


まもなく大丸が見え、その地下に入った。

おそらくこの週末は副反応とともに過ごすことになる。

ならば、食材の調達が欠かせない。


家にこもることが何か楽しいことであるかのように、あれやこれやと食材を選んでいるとき、前回同様、左肩に痛みが兆した。


そしてこれまた前回同様、突如眠気に襲われた。

のしかかってくるかのような眠気が波状で押し寄せてきて振り払えない。


ここが潮時。

引き上げることにした。

 

カラダの鍛え方が違うのだろう。

家内の方は副反応の「ふ」の字もなかった。


道中、マツモトキヨシでロキソニンテープを買って、その場で家内に左肩に貼ってもらい駅に向かった。


このときわたしは肩に買い物袋を掛けていたのであったが中のケーキに起こっている惨事に気づくはずもなく、小一時間の後、「腹に入れば同じこと」といったセリフで家内に弁明するなど想像もしていなかった。


ケーキがぐちゃぐちゃになる。

これもワクチン接種の副反応のひとつとして報告しておかねばならないだろう。

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2021年7月31日昼 三宮 北野坂木下 家内がワインで私はオールフリー