フォーシーズンズ前から長男を伴いタクシーに乗った。
運転手が気さくな人でいろいろと話してくれる。
東京は緑が多い。
桜もあちこちにあって、隠れた名所が幾つもある。
それで家内が言った。
では、来年の春、ぜひ案内してください。
運転手のアイバさんは言った。
今日が最後なんです。
人手不足を理由に定年が60から65になり、それが70になり75になったんですが、とうとう75歳になって今日でお役御免となります。
何十年もハンドルを握った運転手の最後の日に乗り合わせた。
なんと奇遇なことだろう。
そう思って家内は気づいた。
目を凝らせばどんな一日だって誰かにとり特別な日なのではないか。
自分だって長男と食事し東京の地で一緒にタクシーに乗っている。
これもスペシャルなことであるに違いない。
クルマを降りるとき、アイバさんは言った。
お母さんと一緒に食事してくれるなんて親孝行な息子さんですね。
なるほどと家内は思った。
息子の視点で見れば親孝行した特別な日ということになる。
何も考えず素通りしているだけで、実はどれもが特別な日なのであり、その特別が何重にも交差していると知れば、日常の一コマがよりくっきりとした輪郭を有しているように見える。
そう気づき、だから家内の今後の一日一日は、どれもが特別感に満ちた中身濃厚なものになっていく。

