夕刻、いい勢いで仕事がこなせていた。
このまま夜まで突っ走ろう。
そう意気込んだところで家内から電話がかかってきた。
タイ料理の店を午後6時に予約したとのことだった。
時間に遅れぬよう仕事を切り上げ駅へと急いだ。
ラッシュ時の梅田で阪神電車に乗り換えて福島駅で降りて歩いてロスタイムなく移動したが10分の遅刻となった。
二階のテラス席ですでに家内が食事を始めていた。
隣に座ってビールを頼み、女房の食べる料理をつまんでそのくつろぎに合流した。
辛いが、おいしい。
聞けば女房が娘時代に好んで通っていた店なのだという。
この日家内は神戸でエステ、そして梅田のサロンで手足の爪のケアを受け、福島の美容院で髪を整えてもらっていた。
ハードに動いた次の日は積極的にカラダを休める。
このように家内は彼女なりのやり方でバランスを取っているのだった。
よく似合うねと家内の髪型を褒めちぎり、その隙にわたしは次々ビールを頼んだ。
スパイシーな料理にとてもよく合うから、いくらでも飲むことができた。
食後、うめきた新駅など様々な開発の進む大淀地区を歩いて大阪駅へと向かった。
ホットな料理でカラダがあたたまり、寒いとは感じなかった。
一昔前は単なる倉庫街で人影もないような場所だった。
そこが一気に賑わいを増しつつあった。
なるほどあの名店レイユームンもここに移転する訳である。
電車に横並び座っての帰り道、今日は癒やされついでにこのあと足つぼに行こうと誘うと、家内は二つ返事でのってきた。
駅前の角にマッサージ屋がある。
店へと進むとき、入り口付近の路上に飲み屋の客引き女子が立っているのが見えた。
わたしなど風体がこわいから声はかからない。
しかしそうであっても、目にしてなんとも気の毒な感じがして、横を過ぎるときそれなりのプレッシャーと気詰まり感が生じてしまう。
なんとも困ったものであると思いつつ、マッサージ屋へと入った。
この日、わたしの担当はエジソンだった。
やはりエジソン。
過去随一といっていいくらいに傑出した施術だった。
的確につぼが指圧され、痛すぎるすんでで心地よさがMAXの高みに達し、心地よさは高みにおいて切ないような気持ちと混ざり合う。
そして切なさは別の世界の深淵をチラと垣間見せ、あと少し、もう少しといった感じでその奥の奥へと意識を一点にいざなうから、その刹那、他の感覚は一切お留守になった。
つまりわたしは完全に心ここにあらず。
足つぼマッサによって、意識の最果てへと越境していたのであった。
45分間の施術が終わって、グッタリ弛緩したまま家内とともに店を出た。
店先で施術者に礼を述べているとき、さっきの客引き女子と家内が並び立つ形になった。
寒空のもとその女子はずっとそこに立ちっぱなしだったのだろう。
女子は家内を注視した。
そして上から下へと家内の持ち物を見定めていった。
しかし一方の家内は女子のことなど一切気にも留めておらず、その存在は無きに等しいものだった。
その様子を思わず目にして、あまりの差にわたしの胸に生じたのはなんとも切ないような気持ちだった。
そして続いて足つぼマッサの効果だろうか、今の平穏をことほぐ安堵感のようなものが込み上がってきた。
すべてが溶け合う意識の最果てから、わたしは世知辛いにもほどがあるこちら側の世界に戻ってきたのだった。