前夜、夕飯を控えめに済ませていた。
だから、この日はホテルラウンジでの朝食を楽しめた。
その後でさあサ活と意気込んだが、折悪しく男女ともサウナが故障していた。
それでやむなく夫婦揃ってフィットネスでたっぷり汗をかいた。
運動後、タクシーを呼んで鮨やしろへと向かった。
昼の11,000円コースの寿司はすべて大将が握ってくれた。
震えを帯びた感動が家内の中で生じ、出だしからこちらにびんびんと伝わってきた。
唖然とするほどの美味しさで、だから夫婦で何度も顔を見合わせた。
タクシーの運転手によれば「札幌一」とのことだったが、「日本一」と言っていいのではとわたしたちは思った。
これまで食べてきたすべての寿司を凌駕していた。
それほど群を抜いておいしい寿司が、序盤からトップスピードのまま最後までぶっちぎりでわたしたちのなかを颯爽と駆け抜けていった。
大将は柔和で控えめなお人柄だったが、砂糖を極力使わない赤酢のシャリと、客の度肝を抜くようなネタの選定と仕込みに相当な自信を持っているのだろう。
おいしい、おいしいとだけ繰り返す眼前の客の反応を、さも当然といった柔和な笑顔で涼しく楽しげに受け流しているように見えた。
大将の話によれば、ネタにはネタの季節があるとのことだった。
走りの時期があり、旬が来て、そして名残りへと続く。
どの段階もそれに応じた工夫の仕方があって、味をよりよく引き出すことができる。
若く凛々しい弟子たちを従えて語る大将の蘊蓄に、カウンターに並ぶ客たちはみな一様にうなずいていた。
「近々また来ます」と大将にお礼を述べて店を後にし、GOZOとの店でチーズケーキを買うため、往来を走るタクシーに乗り込んだ。
ケーキと塩を買いスムーズに目的を果たしたのであったが、隣に旭川ラーメンの店があってGOZOの店主に聞けば名店だという。
そう聞けば手ぶらでは帰れない。
店に入ると席が埋まっていて、相席となった。
前に座っていた気の良いあんちゃんが水を入れてくれ、おすすめを聞いたところ店の人より先、あんちゃんが醤油ラーメンが一押しだと教えてくれた。
運ばれてきたラーメンを一口食べて、わたしと家内はあんちゃんの顔を凝視した。
あんたの言うとおり、これはめちゃくちゃうまい。
わたしたちは目であんちゃんにそう語り、寿司で満杯のお腹に醤油ラーメンを押し込んだ。
そこから雪道を歩き、路面電車を使って札幌に出た。
大丸地下のチーズ王国でおみやげを見繕い自宅へ送り、すすきのに戻って狸小路沿いの店とココノの地下食で地元のチーズを選んで自宅に送り、1階のスモーク専門店でも自宅発送を頼んで、隣の立ち飲みカウンターで休憩がてら一杯やった。
ニッカ・カフェグレーンとやらをはじめて飲んだのであったが、その滋味深い甘みが強く印象に残った。
そのまま階上へとあがってホテルのロビーに預けてあった段ボールにおみやげの品を追加し、不要な荷物も詰め込んで、身軽になって空港へと向かった。
出発を待つ間、網走を出自とするバーの名店「ジアス」にて夫婦であれこれ飲んで食べ、店の支配人に賛辞を連発して過ごした。
そのようにして旅の名残りを惜しんでいると、長男から電話があった。
明日から月曜日。
お互い頑張ろうと励まし合い、まもなく搭乗。
三日間にわたった雪の降るまち行脚はこのようにして幕を閉じた。