思ったより仕事が長引いた。
すでに予約の時間を過ぎていたので、家内に先に行くよう促した。
わたしは後を追う形で店へと急いだ。
当初の予定より20分遅れで店に着き、家内の隣に腰掛けた。
ちょうど二品目が配せられたときであったから、遅れを取り戻すことは簡単な話だった。
ビールを頼み一品目をさっと食べ、追いついた。
これでようやく夫婦の夕餉が始まった。
この日、家内が予約してくれた店の名は「分おおはた」。
「分」と書いて、「わけ」と読む。
本家おおはたの予約が取れず、電話をかけてもつながらない。
それで家内は目先を変えて、先ごろ暖簾分けを受け誕生したばかりの「分おおはた」に目をつけたのだった。
本店が2階で分店は同じビルの4階。
店構えも店内の設えも酷似して、ネタもシャリも同一だというから、わたしたち素人レベルからすれば本家おおはたで食事するのと何ら変わることがない。
大将と呼ぶと、そんな柄ではないと照れる「永ちゃん」は人懐っこくて話しやすく、声がよく通って喋りも明瞭、誰からも好かれるような人柄と言えた。
もともとは日本酒を売る営業をしていて寿司業界に片足を突っ込んだ。
それで「さえ喜」や「おおはた」に出入りして、だから「天六のいんちょ」との交流も生まれたのであったが、気づけば両足を踏み入れ「おおはた」で修業して、このたび大将としてのスタートラインにまでこぎつけた。
幾分まだぎこちないような手さばきに見えたが、それも時間の問題だろう。
つまみは美味しく寿司もおおはた並に別格で、食材や調理についての説明も実に楽しく分かりやすく、食への関心を大いにそそるものだった。
かつてわたしたちは、「寿司おおはた」のことを「凄い寿司屋があるらしい」と噂した。
またひとつ、噂が噂を呼ぶような寿司屋ができた。
いまなら予約し席にありつける。
どの寿司屋がいちばん凄いか。
わたしたちの最強寿司屋談義はなお一層盛り上がることだろう。