KORANIKATARU

子らに語る時々日記

大いに参照すべき導きの手

エンジンをかけ音楽リストの画面に指を触れると、ダークモデルが流れ始めた。

久々耳にすることになったが、はじめて聴いたとき以上に鮮烈で、たちまち肌が粟立った。

 

求めてやまない何かを乞い求めるみたい。

同時には掴み切れないほど多彩なサウンドを全身で拾うようにしてわたしはクルマを走らせた。

 

しばらく時間を置いたからだろうか。

内部に埋め込まれたレセプターがほどよい感度となって、以前よりはるかに共鳴しやすいカラダになったようである。

 

音がカラダに打ち込まれ、眼光が鋭さを増していく。

日中、柔和な笑顔を浮かべていたのとは別の人物が、音によって造形され始めた。

 

まるで笛の音で鎌首もたげるコブラのようなもの。

内に眠る男性的な何かが強く熱く鼓舞された。

 

闘う男子が取り揃えておかねばならない三種の神器があるとすれば、この音楽はその一つに数えられるべきかもしれない。

 

先日、息子と立て続けに映画を二本みた。

『国際市場で逢いましょう』と『弁護人』。

観ておいた方がいいと強く薦め、半ば無理やり息子をソファの横に座らせた。

 

どちらも釜山が舞台の映画である。

映画が都市の印象をさらに味わい深いものにしてくれる。

旅の余韻が残るうち、その地が舞台となった映画を見るのは必須のことだろう。

 

10代なりの感性で強く感銘を受けたようだった。

どちらの映画も彼のなか傑作に数えられる作品になった。

 

様々な立場、いろいろな角度から感情移入でき、誰にとっても得るもの大きい映画であるが、特に男子にとっては収穫大、こぞって観るべき映画と言えるだろう。

 

見れば否応なく、活性があがる。

どんとこい、といった感じで腹が据わって、しぶとさが増す。

 

スーパーヒーローの大活躍に目を見張るより、生身の人間の不撓不屈や粉骨砕身を目にする方がはるかに栄養価は高い。

 

息子にとってこの先しばしば思い返す映画になったに違いなく、つまり男子として大いに参照すべき導きの手を得たのも同然と言う話である。

 

彼の貴重な時間を奪ったが、補って余りあるものを提供できたのではないだろうか。

今後も栄養価高いものを見つける度、父としての務めを果たしていこうと思う。

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Philip Mechanicus, Amsterdam 1960s.