KORANIKATARU

子らに語る時々日記

誰かが何者かになる瞬間


空一面隅々まで晴れ渡った日曜日、神鋼灘浜グランドに向け家内と出発する。
JR神戸線各駅電車に腰掛け、あれやこれや、ほとんどは家族の話題で時間が過ぎる。

あっという間、住吉駅に到着した。
2号線を渡って南に向かう。
海に近づくからだろうか、休日だからだろうか、おそらくその両方の影響で目に映るものすべてが色鮮やかさを増していく。

右手は御影中町、左手は住吉東町。
その境目を並んで歩き阪神住吉駅を通り過ぎる。
43号線を越えてさらに南へと歩を進める。


道中、映画の話をする。

前日の仕事後、映画「バーレスク」を一人で見た。
家内に勧める。

音楽がいいし、ダンスがいい。

クリスティーナ・アギレラ扮する主人公がナイトクラブ「バーレスク」と出合う場面、そして、そのバーレスクの魅力に引き込まれていく数分のシーンが映画の出だしいきなりの見せ場となる。
何かが始まる予兆に、主人公だけでなく観る者も期待で胸を膨らませることになる。
ゾクゾクするような立ち上がりだ。

そして、映画最大の見せ場では更に息を呑むことになる。

バーレスクの舞台の上で主人公が踊っている。
が、突如、演奏が鳴り止むというハプニングが起こる。

客席に白けたような間が訪れる。
せっかくの舞台が台無しになる、というどっ白けの瞬間、なんと踊るだけだったはずの主人公がアカペラで歌い始めた。

主人公の力強く美しい歌唱が、居合わせたすべての者を魅了し、場を一変させる。

誰かが何者かになった瞬間。
胸震えるような感動を呼び起こす場面である。

そして、山あり谷ありのストーリーが、当然のように大団円のエンディングへと続いていく。

出だしも山場もエンディングも十分に「見せる」。
これぞ映画。名作だ。


灘浜グランドのセンターライン近くに立ち、試合の開始を待つ。
私は一眼レフ、家内はビデオを構える。

ここ五週に渡って、何の変哲もない凡庸な一人のフォワードに注目し続けてきた。

名が轟くような逸材であるはずがない。
所詮、私達の息子である。
度肝抜くようなパワーが備わっているはずもなく、ひと際目を引く華麗なステップが踏めるわけでもない。
足はまだ十分に速くなく上背もまだまだこれからだ。

ただただラグビーが好きで、やればやるほどますます好きなので、忙しい学業の合間合間、少しでも上手になろうと取り組んできただけの、愚直な中学生の一人に過ぎない。

そんな十人並みの選手であっても、親からすれば、ちょっとした明けの明星。
素質やプレーで負けても、面構えはいい線いってる。
笑ってしまうが、それくらいの贔屓目で見て平気平然としている。
盲いた者、汝の名は、親。


この日も親は十分に満足した。
本人には何か期するところでもあったのだろうか。
いつにも増して走って当たって、相手は格下であったけれどトライも決めた。
これだけのことで親は幸福感に浸ることができる。

上には遥かに上がいてラグビーの申し子のような天賦の才が、おそらくはやがて秩父宮や国立競技場の芝を踏んで八面六臂の活躍を見せるだろう千両役者級の逸材がゴロゴロ走り回るなか、末席と言うにはあまりに端っ子に位置する我が三文役者に対しても、試合中、長男に対し「頑張れ」と声をかけてくれる人があった。

グランド脇には親だけでなく、チーム関係者でもなく、我が子を選手として知る者があったのだ。
おそらくは昔在籍したチームで縁があった父兄の方なのであろう。
感謝である。
ラグビー関係者は、大抵、みんな、いい人なのだ。


グランドを後にし、阪神間で広く知れ渡る蕎麦の名店、手仕事屋を訪れた。
天せいろを頼み、家内とささやか生ビールで祝杯を上げる。

聞きしに勝る極上の蕎麦である。
喉を鳴らしてビールをゴクリ、ゴクリ。
初夏休日の昼下がり、喜色の色合いがさらに増す食事となった。

食べた後は、腹ごなし。
阪神住吉から乗って西宮で降り、東町にある名酒蔵「徳若」を歩いて目指す。

賞をとったという大吟醸しずく酒を買い、こんな素晴らしい空のもと電車に乗っては勿体ないと、そのまま歩くことにした。
いまや地域筆頭の集客場となったムレスナで子らの学校水筒に入れる紅茶を買い、老舗和菓子屋である桔梗堂で子らの夜のおやつを買う。

日曜ももう終盤。
夜、家族で揃ってビデオをまわし試合を再観戦する。
わっせわっせ目の前を走り抜ける一群の、あの迫力と熱は、画面からは伝わってこないが、内部に格納されたビビッドな記憶を呼び覚ますには十分だ。

出来たてホヤホヤの思い出に浸る幸福な時間。
家族揃って今日も一日無事過ごすことができた。
感謝の念しかない。

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