KORANIKATARU

子らに語る時々日記

昨晩友だちと会った

午後6時、時間ちょうどに勢揃いした。

場所は夙川の鶏天。

予約する電話の際から何度も2時間制と聞かされていたが、座敷に座って更にまた2時間制であると念を押された。

 

連日手術の予定が入っているということでタローとはなかなか会えなかったが、この土曜なら空いていると聞き急遽店を予約することになった。

かねてから阿部とも飲もうと話し合っていたので、絶妙のめぐり合わせと言えた。

 

芦屋の安愚楽にまずは電話するが金曜に思い立って土曜の席にありつけるはずがなかった。

先日招かれて美味しかったイタリアンのビヴァーチェにも当たるが満席。

それで以前訪れたことのあるさくら夙川の焼鳥屋をチョイスしたのだった。

 

混み合うので早めに注文済ませるよう店員に勧められあれこれ頼んでまもなくテーブルは料理で埋め尽くされたが、食事味わうよりも何よりも積もる話が多すぎて、近況話すだけでも延々と続き、昔話も山程あるはずだからとても2時間では足りるはずがなかった。

 

午後7時30分にラストオーダーと告げられ7時40分には店員が伝票を持ってきて会計を迫られたので、2時間制と言っても実際は1時間半ほどで追いやられたようなものであった。

早めに注文するよう急かされたのも2時間という枠を絶対に超過させないための伏線のようなものだったのだろう。

 

今後店を予約する場合、お店の包容力といった視点も必要だとわたしは学んだ。

 

阿部が二軒目を考えていてくれて、夙川沿いを北に向かった。

土曜夜、友だちと連れ立って歩くのに夙川はうってつけで、川面吹き渡る風に吹かれてごく自然、各自その胸の内を語りはじめた。

 

各自がいま取り組む仕事のやりがいや、現在地点を踏みしめるその自負心がとてもよく理解でき、男どうし互いエールを送り合うようなやりとりとなった。

 

ヴェントフェリーチェは川に面する場所にあった。

シャンパンで乾杯しピザを頼み、昔話に花が咲く二次会が始まった。

 

高校のとき化学の田中先生の家に行ったことがある、阿部がそう言ってわたしは驚いた。

家に帰って二男に話せば彼も驚くに違いない。

 

他の客の姿が見えなくなった頃合い、そろそろお開きにすることにした。

阿部にお勘定を頼んで、さくら夙川の駅までもと来た道を引き返した。

 

中高時代と変わらない空気感のまま男三人、ホームで過ごして電車を待つ。

大阪行きが先にきて、じゃあ、と言ってわたしは電車に乗った。

発車間際、タローと阿部が大きく両手を振り扉越し走り寄ってきた。

わたしも同様、席から立ち上がり両手を振って遠ざかっていくふたりの姿を見送った。