KORANIKATARU

子らに語る時々日記

交流がすべての起点

こどもの日もいつもと同様、二男が早朝から元気に出かけていった。

 

彼が二杯平らげた家内特製のカレーライスを食べコーヒーを飲みなどしつつ9時半になるのを待ってわたしも出発した。

 

休日が続き空の青は一層澄んで鮮やか。

心浮き立つような晴天のもと、あちこちへ出かけるのであろう行楽客で駅は賑わっていた。

 

そのウキウキワクワク感のお裾分けに与りつつ電車に揺られ、わたしは芦屋駅で下車した。

 

目指す場所は川沿いにあるケーキ屋ダニエル。

 

ぶらりと歩くが、これまた色鮮やかな木々の葉が風に揺れ、街があまりに清涼であるからこの空間に身を置くだけで心地よさ極まり、六甲の山並みを見上げ、空を見上げなどしているうち、歩みはおのずと緩やかとなり、予定であった10時を10分ほど過ぎての到着となった。

 

だからすでに列ができていて、最後尾に並ぶことになった。

接客が丁寧であるから、やっつけ仕事のように注文がさばかれ列が進むことはなく、わたしはこの地の流儀に従い、優雅穏やか笑みをたたえて順番を気長に待った。

 

ケーキを受け取り、芦屋川沿いを南へ向かう。

陽光を正面に受け気持ちますます晴れやか、ビバ休日といった気分でルンルン歩く。

 

このまま真っ直ぐ進めば5分ほどで阿部レディースクリニックというところを左折して、次に大丸のパン屋ビゴを訪れた。

 

焼き立てのバゲットなどを調達し、任務完了。

そのまま駅にあがって家に戻った。

 

さすが家内、すでに食卓の用意は整っていた。

 

少しばかり手伝って、わたしは駅に引き返した。

待ち合わせは12時ちょうど。

時間どおりにまっちゃん家族が現れた。

 

その節は上海でまっちゃんにも奥さんにもたいへんお世話になった。

一家が帰国すれば家に招待しもてなすと家内は決めていたし、息子ちゃんの灘合格もお祝いせねばならなかった。

 

食卓に着席しスパークリングで乾杯し、息子ちゃんには雲井窯で炊いたばかりのご飯をよそい、家内が料理について説明しどれどれと皆で味わっていく。

メツゲライクスダのテリーヌなどかなり気に入ってくれたようで、食がすすみ、お酒もすすんだ。

 

喜んでもらえて何より。

特に息子ちゃんが大いに食べてくれたので家内はほっと一安心という様子だった。

 

英語と中国語が使いこなせて数学も全国模試で一位といったようにピカイチ中のピカイチの息子ちゃんである。

おそらく灘からそのまま世界へと羽ばたくのだろう。

 

すでに上海にて世界中の仲間との友情を育んでいて誠実であるから今後も引き続きユニバーサルに信頼を得て、世界級の大物になること請け合いである。

 

33期ご子息ご子女メンバーは揃いも揃って粒ぞろい。

束になって進むその行く末が大いに楽しみである。

 

そのような話をしているうち、あっという間に時間が過ぎて夕刻5時。

台湾で買ってきた烏龍茶でしめてお開きとし、まっちゃん家族を駅まで送った。

 

その帰り道、二男から連絡が入った。

夕飯はいらない。

わたしの実家に寄って、従兄弟と食卓を囲むのだという。

 

今年一緒に東京やソウルを男同士で旅した従兄弟であるから仲がいい。

その若き男っぷり二人が年老いた両親と過ごすことが実に心頼もしい。

 

実質ある交流がすべての起点。

交流が絶えた場所は涸れて朽ち、役目を失った交易地のように痩せ衰えて忘れ去られていく。

 

関わりが関わりを生んで、新たな関わりへとつながっていく。

うちの息子らとまっちゃんの息子もまたいつか会うことになる、そう思うと先々楽しいことばかりではないかと、中年の心は踊った。

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2019年5月5日正午 家