たまには予定外のことをしよう。
互いの怠け心が呼応し合って手を結んだ。
2号線を横切りまっすぐ南に進めばジムに着く。
この夜は右折し西に向かった。
10分ほどでクルマは西宮を抜け芦屋に分け入った。
まもなく「港式餃子舗 福福」の控え目な照明が右手に見えた。
開店時間ジャストの到着。
わたしたちが一番乗りだった。
無人のカウンターの中央に二人並んで腰掛けた。
帰りは家内が運転してくれる。
わたしはビールを注文し、家内がきゅうりの酢漬け、むしどり、ピータンといった前菜を注文した。
小品といったおもむきで佇むそれら品々はどれも上品で美味だった。
さすが芦屋。
続いて焼餃子を三人前頼んだ。
これがメイン。
そのときわたしたちと似た年格好の男女が入ってきた。
慣れた感じでそのカップルが紹興酒の熱燗を頼んだのでわたしも真似た。
餃子も同様。
芦屋の餃子はそこらの餃子とまったく異なる。
出自がよくて育ちもいい。
だから小気味良いほど洗練されていてかつ繊細、お味は格別。
若い夫婦であれば中華ならではといった豪快さが必須であろうが、年重ねた夫婦にとってはこれくらいのこぢんまり感がしっくりきて実にいい。
静か語らう優雅な食事のラストは当然に麺類。
ねぎ汁そばとゆであげの麺にタレを合わせたローメンの二種を頼んで二人で分けた。
会計を済ませて時計を見ると午後7時過ぎ。
家内は芦屋大丸に向けクルマを走らせた。
この時刻になると二割三割は当たり前。
腐っても鯛というとおり、売れ残りの品であっても上質でお買い得。
なにせ息子がアホほど食べる。
そんな家族にとって割引は福音と言えた。
まるで投手と捕手。
家内が刺身や肉や果物やケーキや和菓子といった品を吟味し時に首を振りつつ棚に返し、これといったものがあれば投入し、わたしがカートを押してカゴで受ける。
どのコースにどんなボールが来るかほとんど分かるから、わたしたちは息の合ったバッテリーと言えるだろう。
そして、息子にとってすべての品が、どストライクで好球必打となる。
今夜の笑顔が目に浮かぶというものであった。
家に戻ると家内は早速、息子からリクエストのあったクラムチャウダーを作り始めた。
そこらにあったわたしのアディダスのパーカーを羽織って料理する姿がアネキといった風情で様になっている。
家内は料理をしつつ、わたしはハイボールを飲みつつ、キッチンカウンター越しに言葉を交わす。
まるでバーの店主と常連客。
料理する手数が増えるごと、店主は饒舌になっていった。
息子が言ったそうである。
よく考えれば親と一緒に暮らす時間は残り一年ほど。
あっという間に過ぎるだろうから、一瞬一瞬を大切に味わうことにする。
そんな息子の言葉にじんとくる。
すべてが過ぎ去って、あとは胸のなかにのみ留まることになる。
かけがえのない一瞬一瞬をわたしたちも大切にしなければならない。
そうしんみり話していると二男が帰ってきた。
腹が減ったので風呂より先に飯だという。
どストライクたちが食卓のうえ一斉に差し出され、快音を残しひとつ残らず場外へとかっ飛ばされていった。
刺身盛合せに炊きたてのご飯、塩麹で漬けて味わい濃厚なチキン6本がまずはあっさりと平らげられ、みたらし団子、いちごがあっという間に彼の胃袋の中へとかき消えていった。
そして食後のお茶代わりみたいに、ようやく真打ち、野菜たっぷり熱々のクラムチャウダーの登場と相成った。
息子がゆっくり味わうようにスープを口に運ぶ。
その様子を夫婦で見守る。
いつしか三人の間に会話が生まれる。
話題は週末の試合について。
久々の試合。
カラダは昨年より強く大きくなって動きは格段に速くなった。
うちの真打ちの活躍に夫婦揃って目を注ぐ。
そんな幸福な日曜がまもなく到来する。