家内から連絡があり赤ワインを買って帰った。
夕飯は家内が三宮で買ってきたブランジェリーNaoのパン。
これにパテを挟んで食べるがとろけるおいしさ。
チーズとサラダで一息ついて、またパンとパテに舞い戻って何度もとろけた。
質素で素朴な夕飯であったが、おいしければすべてが不問となる。
家内の話に耳を傾けながら久々に充電したパナソニックのヘッドスパで自らの頭をほぐす。
疲れは頭部に宿る。
これが普遍の真理であるが、わたしたちはついつい勘違いして肩や首に手を伸ばしそこを揉みほぐす。
これでは見当違いも甚だしい。
直接まっすぐ最短距離で頭を掴み、頭だけでを揉みほぐすというのが、最も正しい。
公園と裏庭の緑の香が夜気にまざって心安らぎ、ヘッドスパの無骨で単調な動きが無駄な力を取り去って、この心地よさには抗いようがない。
わたしはうんうん頷くが、家内の話に対してというより、ただただこの状態をすべてよしと思って頷いているだけのことであった。
実際、ひとしきりヘッドスパを走らせた後、山仕事する男のようにがちがち強張っていた首と肩が、まるで乳幼児のそれのようにふんわり柔らかとなるのであるから、実はヘッドスパには、若返りの効果も期待できるのかもしれない。
頭に蒔かれた快の種が一晩でカラダを巡ってあちこちで芽吹き花咲き、一夜明け、全身が爽快であった。
朝の光を感じるだけで心が満ちて、つまり、カラダが快だとすべてが肯定されるということを改めて知った。
だから朝出かけるとき、ヘッドスパを充電器にセットするのを忘れるはずがなかった。