夜通し雨が降り続いた。
河川敷の道は水浸しでジョギングには適さない。
幸いなことに日曜日。
武庫川沿いの道路は車輌の侵入が禁止され、歩行者専用となる。
家内と二人、朝の曇天を映す川面を見下ろしながら広々とした車道を走った。
次第、小粒な雨もすっかり降り止んだ。
野鳥が歓喜するみたいに盛んに鳴いて空を行き交い始め、まるで魔法のバトンが一振りされたみたい、途端に晴れ間が差して空が澄み渡った青に塗り替えられた。
と同時、さっきまでモノクロだったすべての景色に鮮やか色が灯り、その色彩によって事物の輪郭が明瞭になって、見慣れた日常に潜む美が一気に奔出したかのように見えた。
そんな世界を海まで走って引き返した。
五感すべてが心地良い、そんなジョギングとなった。
家に戻ってシャワーを浴び、身支度を整えた。
前日、肉と果物は買ったが米を買い忘れていた。
米なら丹波篠山。
人混みとはまったく無縁な地でもある。
四方が山に囲まれる風光明媚までクルマで走って約1時間。
いつ訪れても心が和む。
昼は、スペイン料理の店を予約してあった。
店の名は、ルナパルパドス今田。
何度聞いても覚えられず、もし覚えたとしても口がまわらず、その名を正しく発声するなど夢のまた夢という話であろう。
店にクルマを停め、支度が整うまで道の向いにある末晴窯で丹波焼の器を眺めて過ごした。
家内のお気に入りの作家さんで、作風を一言にするなら質朴で可憐。
わたしも気に入り、いくつか買い求めることになった。
そして、昼食に臨んで驚いた。
丹波焼の器すべてが美しく、料理もアートの極みと言えた。
丹波篠山の季節最良の食材を総覧するかのようであり、かつ、料理の隅々にまで魂がこもっていたから、食事する二時間がぶっ通しで濃密な感動体験となった。
大満足の食事を終え、地の食材を求めて味土里の館と黒豆の館をはしごした。
その際、御用聞きのため長男に連絡を入れた。
母親譲りで彼もまた料理に凝るタイプであるから、食材への関心が高い。
ちなみに二男もちょっとした料理人。
家内の子育ての最大の貢献は、ここにあるといっても過言ではないだろう。
勉強よりもスポーツよりもまずは料理が肝心要。
自らのことは棚に上げざるを得ないが、人として必須の素養と言っていいくらいの話である。
米をどっさり買い、玄米を買い、野菜を買い、安売りしていたので肉まで買った。
結局、買う嵩は二世帯分となった。
食料をたんまり載せて、帰途についた。
道中、長男の友人宅で使い終えた参考書などを二男のために貰い受けることになっていたので神戸方面に針路をとった。
六甲北有料道路を南に向かい六甲山トンネルを抜けたとき、夕陽に染まる神戸の街が眼下に望め、街の背後には大阪湾がキラキラと光って横たわり、海を挟んでその向こうには大阪平野が見渡せた。
関西で屈指の住宅街と言えば生駒と六甲の二つが挙がるが、景観は後者の方が数段勝ると言えるのではないだろうか。
夕飯は豚しゃぶ。
家内と並んで鍋をつつき、食後、買ったばかりの器を眺めながらお茶を飲んだ。
そのように平和な日曜夜を味わっていると、二男が帰宅した。
いつものとおり玄関に荷物だけ置いて彼は公園でトレーニングを始めた。
無人の公園には彼の行く手を阻むものは何もない。
縦横無尽に走る息子に階上から視線を注ぎ、夫婦揃って目を細めた。
このようにして良いものばかりを目にする一日が締め括られた。