天気は何とか持ちそうだった。
もし降り出しても屋外を歩く区間は極小。
家内が傘を持っているだろうから帰り道も心配は無用だった。
それで傘を持たずに事務所を出た。
帰宅ラッシュの時間帯、京橋駅は人であふれかえっていた。
駅から続くプロムナードを大阪城方面に向いて歩いて5分ほど。
ホテルニューオータニに到着した。
蒸し暑く、じわっと汗ばんだのでロビーで涼を求めるが、冷房の効きはさほどではなかった。
ひと気の全くないロビーの一隅に立ち、心頭滅却。
汗が自然に治まるのを待った。
まもなく家内が現れた。
美容室帰りだから当然か。
シャキッと決まって見違えた。
大観苑の予約は午後6時。
エレベーターで3階に向かった。
夫婦で中華を食べるのは久しぶりのことだった。
お目当てはフカヒレ。
ここのフカヒレは聞こえ高く、大阪一、いや日本一との呼び声もある。
一度は食べておかねばならないという話であり、加えていま、サメの乱獲を防ぐためフカヒレの提供を禁ずる動きが世界的に強まっている。
大阪の名だたるレストランでも、フカヒレがメニューから姿を消し始めたと聞く。
機会あるうちに食べておかないと、そう遠くない日、もはや味わうことのできない食材になりかねない。
そのような趣旨のもと夫婦にてこの日この場に参集したのだった。
着席しまずはコースの前菜。
直後、早速主役の登場と相成った。
フカヒレの姿煮込み。
熱々のスープのなか、大ぶりのフカヒレがふっくらしっとり横たわっていた。
その壮観を前にし、わたしはお酒をビールから紹興酒に変え、家内は赤ワインを頼んだ。
噂どおり。
めちゃくちゃおいしい。
肉厚あって食べごたえあり、濃厚な風味に夫婦して陶然となった。
いままで口にしてきたフカヒレもどきがすべてやわな代物に思えてきた。
もはや、フカヒレと呼べる品はここにしかない。
フカヒレが高級食材であるとの所以をわたしたちは腹で理解するに至った。
フカヒレ以外は、平凡なレベル。
給仕の方は謙遜してそう言ったが、なかなかどうして。
後に続いたエビマヨも北京ダックも油淋鶏もアワビの煮込みも、とても美味しかった。
締めの食事にラーメンとチャーハンを半々ずつ頼んだが、どちらも半分にするなど惜しいと感じるほど絶品だった。
デザートはオーソドックスに杏仁豆腐と胡麻団子。
このレベルも半端ではなかった。
午後8時過ぎにはすべてを食べ終えた。
いったい何杯の紹興酒を飲んだのだろう。
夫婦で大満足。
柔和な笑みを交換し合ってホテルを後にした。
家内が傘を準備していたが、幸い不要。
夫婦でぶらり駅まで歩いて、電車で帰途についた。
話題はフカヒレをはじめさっき食べたもののことばかり。
長く思い出に残る幸せな夕飯となった。
たまにはホテルで食事してみるものである。