土曜深夜、家内の携帯が鳴った。
明日帰る。
長男からの電話だった。
日曜朝、夫婦揃って武庫川を走った。
前日は北に針路をとったがこの日は南。
河川敷で野球やらサッカーやらに励むちびっ子の姿を横目に見つつ暖かな陽射しを真正面から浴びた。
息子が帰ってくる。
それだけで母の心は浮き立った。
いつにも増して饒舌。
走りつつ、よくもそれだけ話せるものだ。
だからわたしの記憶に強く残るのは、家内が何を話していたかではなくそのタフな心肺の方だった。
走り終えさっさと身支度を整え家内の運転で家を出た。
先日丹波で肉をわんさと買ったが、長男が帰ってくるとなればとてもそれでは足りない。
肉をはじめとするスタミナ&美容食を大量に求めるなら御幸森の一択。
わたしたちは一路、食の桃源郷を目指した。
ハンドルを握るのは家内。
家内の赴くまま、芝川ビルで公開されている芝川家のひな飾りを見物し、最近人気急上昇中のアッシドラシーヌでケーキなど買い求めるうち、鶴橋着は昼過ぎとなった。
家内にいざなわれ、昼は鶴橋すしぎん。
運良く列はなく、わたしたちが入った直後に列ができ、聞けば隣の先客は一時間待ったというから、まるで列の海が割れたかのような、あるいはラクダが列の穴を通るかのような奇跡がその一瞬に起こったとしか言えなかった。
揃って各自上にぎりを頼み、板書きしてあるおすすめどころを家内とともに制覇していった。
運転は家内。
心置きなくわたしはビールを呑んで冷酒を楽しんだ。
腹ごしらえを終えいよいよ買い出し。
上着不要の陽気のなか御幸森商店街へと繰り出した。
コロナ禍など遠い世界の話、そう思えるほどの賑わい。
長居は無用と素早く買い物に取り掛かった。
本場レベルのキンパ2千円也、フレッシュな蒸し豚2千円也、焼肉用の和牛は1万円也であったが西宮で買うより100グラムあたり200円は安いからかなりのお買い得と言えた。
そして、テール3千円也、御幸森の魂と言えばキムチで2千円分も買うと信じられないくらいの量になった。
外食することを考えれば安上がり。
猛獣育てる世帯にとって実にありがたい市場と言えた。
任務を終え、家内が高速をぶっ飛ばし帰途についた。
帰るとすぐ家内はテールスープを煮込み始めた。
その間、わたしはサウナに出かけ夜に備えて昼のお酒を抜いた。
午後7時半。
門の開く音がして、まもなくリビングに長男が現れた。
家内は喜色満面。
さあ食え、あれも食えこれも食えと賑やかな夕飯がはじまった。
家内も喋るが長男もよく喋る。
週末は西大和の同級生らと新宿歌舞伎町でステーキを食べた。
その日集まったメンバーは計4人。
長男のほかは東大、東大、京医。
そんな仲間とステーキを食べ思い出話にふけり、その友情にいたく幸せを感じたという。
そんな話を聞きながら、わたしは思う。
皆、めちゃくちゃ頭がいい。
ついこの間、星光生は皆かしこいという話で二男と盛り上がったが、西大和もぶったまげレベルで皆かしこい。
印象深い話が続いた。
スウェーデンからの留学生ケニーが先日帰国した。
成田空港まで見送って、ケニーにとって最初で最後のトンカツを二人で向き合って食べた。
お代はケニーが持った。
そして、ヒーローの話。
長男の教え子である小学生が学校で作文を書いた。
テーマは「わたしのヒーロー」。
彼女にとってはうちの長男がヒーローだった。
そんな話を聞いて、親として嬉しくて仕方がない。
この小せがれがヒーローなのだと、わたしは何度も自分の目をこすって我が子の顔を見直した。
まだまだ話は続いた。
いまはオートリア人とアメリカ人の留学生とよく遊ぶ。
留学先のカナダでできた友だちはもちろん、相部屋だったドイツ人ポールとも連絡を頻繁に取り合っている。
ポールはオーストラリアのサッカーチームからオランダのチームに移籍したばかり。
互い下積み時代がまだ当分続く。
話せば励みになるから電話での行き来が途絶えることはない。
そんな話を聞いて家内は胸を膨らませる。
スウェーデン、オーストリア、ドイツ、オランダ、アメリカ、カナダ。
行き先がどんどん増える。
その友人たちをいつか訪ねて歩く。
そう言う家内に長男も賛意を示す。
皆いいやつばかり、機会あれば会いに行くといい。
必ず歓迎してくれる。
夜10時半を過ぎもうひとりのヒーロー、二男が帰宅した。
そこでわたしは睡魔に負けた。
昼から夜、わたしは飲み過ぎていた。
法学部と経済学部ならどっちがいい?
そんな会話が兄弟の間ではじまって、遠くにその声を聞きながら、わたしは安らか眠りの中へと吸い込まれていった。