女房が明るく楽しく暮らしていれば福が来る。
前夜家内はアロマリンパマッサージなるものを90分受けた。
これがたまらないほど気持ちのいいものだった。
不活性の元になるような悪しきものが一切合切取り除かれたようなもの。
ああ生き返ったと何度も言って、家内は朝からずっと笑顔満面だった。
元が善の人。
その善が全開となった。
前夜わたしがタコちゃんに貰ったHIBIKAのバースデーケーキのうち半分を隣家に差し入れた。
善の化身と言うしかない行動であった。
人に良くすることを嬉しいと思う。
そんな家内であるから自身の気前よさが良きに作用しその陽性が強まった。
朝のリビングは家内の独壇場。
そこらの芸人さんよりはるかに面白い。
普段は寡黙に朝を過ごす二男も思わず貰い笑いする他なかった。
外は前夜から雨。
雨脚は強い。
クルマで二男を駅まで送りその足でわたしたちはジムに向かった。
終始和やかたっぷりと運動し、続いては家内に連れられ芦屋に向かった。
先日掃除屋さんに来てもらったとき、芦屋のインデアンカレーほどおいしいものはない、といった話を家内は小耳に挟んだ。
だからこの土曜日の昼食が芦屋カレーとなるのは、とうの昔、家内のなかで決まっていたことだった。
芦屋で昼なら大天で寿司を食べよう。
そんなわたしの思いつきなど聞き入れられるはずもなかった。
そしてわたしは家内と掃除屋さんに感謝することになる。
こんなにおいしいカレーはない。
人生の楽しみがひとつ増えたようなもの。
インデアンカレーだけでなく、店で双璧を成すメニューであるインデアンスパゲッティも食べねばならない。
人生の目標もまたひとつ増えたのだった。
腹ごしらえを終え芦屋のコープで夕飯の食材を買い揃えた。
夕飯はメキシカン。
二男が朝、メキシカンを食べたい、そう言った。
その瞬間、当初候補に挙がっていたすき焼きや鶏鍋は落選と相成った。
息子、女房、わたし。
意見はこの順で尊重され反映される。
うちはそういう家なのだった。
この日、家内と話していて改めてわたしは気づいた。
話す内容がほとんど子のことばかり。
それが楽しくてならないといった様子。
家内はとても幸せなのだとわたしは思った。
家で家内がヨガのレッスンを受けている間、わたしは電球の付け替えや玄関の片付けなど家の用事に勤しんだ。
そのとき荷物が届いた。
うちの母が肉とテールを送ってくれたのだった。
これはもしかしたらわたしへの誕生日プレゼントなのかもしれない。
そう思うとそうとしか思えなかった。
お袋は誰だって我が子の誕生日を忘れやしない。
親孝行しようと強くわたしは心に決めた。
夕飯の支度が整ったとき息子が帰宅した。
わたしは白ワインを開け家内のグラスに注ぎ、家内は次々、タコスを作りはじめた。
もちろん引き続き、家内の明るさは全開。
梅田タコベルの若い女子店員の声音を真似て家内が作業するから、朝に続いて息子は笑うより他なかった。