休んでもよかったが仕事する土曜日となった。
切りのいいところで終えるつもりが気づけば夕刻。
ジムで一汗かいて帰宅した。
これでカラダも強くなって食事が美味しくなる。
このところ忙しい。
仕事が年々いい感じで膨らんで、わたし自身の業務量は程よく締まり、質的には充実の一途という流れに見える。
自営業者冥利というのだろうか。
その膨らみが自身の成長そのものと思えるから、大変ではあるが心は晴れて実に気分がいい。
新たな仕事も増えている。
避けても生きていけるが、それが先々の中心業務になる可能性も捨て切れない。
そこに着眼するなら、ある程度は変化を取り込んで行くのが正しい選択ということになる。
未来への投資、そう思えば希望に胸も膨らむ。
だから休みの日であっても喜んで仕事することになり、休日に仕事するのは自営業者となった当初から当たり前のことだったので家内も理解し協力してくれる。
家事も子育ても家内に任せっきり。
今も昔も変わっていない。
振り返ってみれば、いろいろな機会が訪れいろいろなことを乗り越えてきた。
すべて他力が働いて助けられた。
そう気づいたという点で、わたしにとって仕事こそが人生そのものを学ぶで場であり、精神の育成の場と言えた。
自然、こうべは下がる一方で、心はますます感謝の念に占められていく。
つまりわたしは恵まれた仕事人生を歩んで来られたということである。
若気の頃には、チッポケ感が胸の内にあった。
理系に進み興味が持てず不向きと気づき、揚々と歩ける道を見失った。
自分の人生は失敗だった。
20代はそのように考え大袈裟に落ち込んだ。
真冬の季節と言えた。
というより、夏なのに風邪をひいて身が縮んでいたと言った方が正確かもしれない。
結婚し天職に出合えたことで、そのチッポケ感は次第に薄れていった。
これでよしと思う程度の人並みの自尊心も芽生えたから、仕事と家庭が良き物語となってわたしをマシな人間に変えてくれたと言っていいだろう。
家に帰るとビールがきんきんに冷えていた。
湯上りに喉に流し込み家内が茹でた八尾の枝豆を口に放り込んでいった。
塩がマルドン。
素材の味を引き立て、かつそれ自体も美味しいからかなりの出来栄えの枝豆となった。
メインは麻婆豆腐。
なんでも作る家内であるが、中華でその真骨頂が発揮される。
台北のディンタイフォンで仕入れた豆板醤とラー油を使って、至極の一品が仕上がった。
大皿に盛ってかなりの量であったがわたしはペロリと平らげた。
デザートはスイカとグレープフルーツ。
ほんとうに毎日の食事が充実している。
妻に心から感謝である。
そして夜に欠かせないのがヘッドマッサ。
ここ最近の習慣となっている。
パナソニックのハンディなマシンで頭をもみほぐしながらドラマを眺める。
これで疲労が抜けて明日日曜もまたこれで全力投球が可能となる。
もちろん休む。
週に一日くらいは仕事を離れる。
長い目で見ればそれもまた仕事だとこのところ強く実感している。

